国防意識
王宮の玉座の間。国王は報告書に静かに目を通しながら、ふと深く息をついた。
「……一般の…しかも子どもが、国を護ったと?」
「はい、陛下。訓練で学んだとおり、即座に周囲を避難させ、怪しい人物の挙動を護衛へ伝えました。見事な判断でした」
アンドリューが深々と頭を下げる。その隣で、王室軍司令官が頷いた。
「兵を増やせば国が守れると、誰もが信じてきた。だが……この件で私の考えは変わったよ」
国王は立ち上がり、重々しく語る。
「民の目が、民の知恵が、そして何より“守りたい”という思いが、国を護る力となった。これは軍事力より遥かに強く、深く、根の張る力だ」
アンドリューはそっと言葉を添える。
「私たちは“生活”を守る力を育てました。それが結果として国防へと繋がったのです」
王は頷きながら、玉座の階段をゆっくりと降りてくる。
「ならば、この取り組みは我が国の柱の一つとなるべきだ。そして――」
視線を少し遠くに向ける。
「信頼のおける友邦にも伝えよう。我らが目指す“民とともにある国防”を。争いではなく、守るための知恵とつながりを、世界に広げていくのだ」
静かな決意のこもった声に、アンドリューも、司令官も、深く頭を垂れた。
その日を境に、コーデリアたちの小さな「学びの小屋」は、ひとつの国を変え、そして他国とのつながりを築く“希望の種”となっていった。
ーーーー
貴族街の外れ、小さな「学びの小屋」には今日も子どもたちの笑い声が響いていた。
しかしこの日は、いつもより少し緊張感が漂っていた。親交のある隣国――セレノア王国から、視察団が訪れていたのだ。
「……まるで、村のお祭りのようなにぎわいですね」
セレノア王国の若き外交官、イーリス・ヴァルディナは、目を細めて建物の前に立っていた。
淡い灰色の瞳には、驚きと感嘆の色が浮かんでいる。
「ここが、民の防災・防犯の中心なのですね?」
「はい。始まりは、字も読めず知識にも触れられなかった子どもたちのための、ほんの小さな学びの場でした。ですが今では、地域を守る力にもなっています」
案内を務めるアンドリュー王子の声に、イーリスは何度もうなずく。
室内には紙芝居形式で避難方法を学ぶ子どもたちや、即席担架の作り方を教える老婆、木の棒で壊れた棚を修理する少年たちの姿があった。
「……これらの知識と訓練、すべて民間によって行われているのですか?」
「はい。地域の力で子どもたちを守り、育てる。そして、誰もが“守る側”にもなれるように。兵を増やすのではなく、暮らしの中から国を守る。そんな考えです」
その言葉にイーリスはしばらく黙り込んだ。
しかし、目の前で屈託なく笑う子どもが声をかけた。
「ねえお姉さんも、こっち来て見て!水を汲むとこ、ちゃんと二つあるの!」
「ひなんのときはね、こっちが使えるの!ちゃんと順番守るんだよ!」
イーリスは小さく息を呑み、そしてふわりと笑った。
「ええ、ぜひ案内してちょうだい」
視察の後、学びの小屋の裏庭で、イーリスはアンドリューやコーデリアたちに深く頭を下げた。
「民が知恵と絆で災害や危険に備える……これは、私たちセレノア王国が長らく目指してきた理想のひとつです。ぜひ、この取り組みを我が国でも共有したい」
ユリウスがそっと「教材など、書き起こしたものをお渡しできます」と申し出ると、イーリスは目を潤ませて答えた。
「ありがとうございます。民の笑顔こそ、国の守りなのだと、心から理解できました」
後日――
この交流をきっかけに、両国の間では共同での学びの場の支援が始まる。
学びの小屋は、言葉も国も超えて、知恵とあたたかさを繋ぐ「新たな外交」の象徴となっていった。




