防犯訓練制度化へ
ある日曜の朝。
学びの小屋には、いつも以上にたくさんの大人が集まっていた。
「今日は、実際に“もし不審者を見かけたらどうするか”の通し練習をしてみましょう!」
コーデリアの声に、子どもたちが目を輝かせた。
すでに町の一部の警備団、商人、薬師、農家の老人たちなどが参加しており、演習用の小道具も用意されている。
「不審者役は……アレッサンドロさん、お願いできますか?」
「任せてくれ」
渋々ながらもノリノリな表情のアレッサンドロが、やや怪しい格好で道の影に潜む。
子どもたちは事前に習った通りの行動をとる。
「誰か!知らない人がこっち見てた!」
「先生、見回りの人に知らせるね!」
「私は弟を連れて人通りのある方へ逃げる!」
一人の少女は、木の笛を強く吹き鳴らした。高音が広場に響き、見守っていた大人たちの元に届く。
「よし、合格だ!」
「逃げ方も、通報もバッチリだな!」
見守っていたリュカと騎士団の隊長が満足げに頷く。
そこからの実演は次第に“町全体を使った避難訓練”へと広がっていった。
近所の老人が「こっちに隠れ道があるぞ」と手招きし、商人たちが「この店には子どもが逃げ込んでもいいように椅子と水を置いてある」と説明する。
「この辺はお年寄りも多い。みんなで声を掛け合っていこう!」
「見守り当番をつくろうか。朝と夕方だけでも、通学路に大人の目があると安心だな」
訓練の終わりには、広場に拍手が沸き起こっていた。
「怖い話だけど……怖がるだけじゃなくて、“備える”ことが大事なのね」
「うん。でも、みんなでやれば、できることっていっぱいあるのね」
コーデリアは、街の人々が協力し合う姿を見て、目頭が熱くなった。
ーーーー
その様子を、離れた場所からそっと見守っていた一人の青年がいた。
王家の長男であるレオポルド王子。
護衛の影に身を置きながらも、子どもたちと町の人々の実践を一つひとつ丁寧に見つめていた。
(これは……ただの慈善じゃない。思想でもない。生きるための“しくみ”だ)
学びの小屋での活動は、アンドリュー王子からの報告として何度も届いていたが――
この目で見ると、その意味がまるで違って見えた。
後日。
レオポルドは、王宮の執務室で国王に静かに頭を下げた。
「父上。お願いがあります。あの街で行われている防犯・避難の取り組みを、“王都、そして他の都市にも広げる”計画を始めたいのです」
国王は一瞬だけ眉をひそめたが、息子の目の真剣さに気づくと、ゆっくりと問いかけた。
「これは……アンドリューが言っていた“学びの小屋”の話か?」
「はい。あれは、ただの勉強ではありません。“生き抜くための知恵”です。身分も年齢も関係ない。誰もが等しく必要とする知識。民が民を守り合うための、最初の一歩です」
少し沈黙のあと、王は深く頷いた。
「よい。始めてみよ。命を守る力は、軍や魔法だけではない。知恵こそが、もっとも広く強く人を救う」
こうして、
コーデリアたちの取り組みは、正式に「王国の防災・防犯指針」として制定されることになる。
町で始まった小さな学びが、ついに国全体を動かしたのだった。
ーーーーー
制度化された避難・防犯訓練は、王都だけでなく周辺の村や街にも少しずつ広まりつつあった。「子どもを守る」「地域を守る」という考え方が、民の間に自然に浸透していく。
そのころ、ひとつの噂が流れていた。北の大国・フェレシア王国――近年、怪しげな魔道具を各地に輸出し、商人を装って各国に間者を潜り込ませているとも噂されていた国だ。
その国の一人の間者が、密かに王都に入り込み、「学びの小屋」や共同農園の活動を視察するふりをして情報を探り始めていた。
だが、その動きはすぐに露見した。
ある日、見慣れぬ訪問者が子どもたちの集まりに紛れようとしたとき、一人の少女が小さく手を挙げた。
「先生、あの人、目線が変……」
「あの動き、見たことあるようで見たことない。兵隊さんの歩き方じゃない?」
周囲の子どもたちは、すぐに訓練で学んだ動きで静かに他の子を避難させ、一人の少年が大人たちへと走った。護衛として常駐していた兵の一団が駆けつけ、間者はあっという間に取り押さえられた。
後日、「夜の梟」の隠し部屋にて、アンドリューとレオポルドが顔を合わせる。
「間者を捕らえたと聞いたが……子どもたちが知らせた、と?」
「はい。訓練の成果です。まさか、ここまで身についているとは……誇らしく思います」
「ふむ……それほどの制度が、子どもたちに……いや、民そのものに根づいているのか」
レオポルドは静かに頷き、深く考え込む。そしてぽつりと呟く。
「……これは国を守る力だ。王に進言せねばなるまい。防災・防犯の制度を、国全体に広げるべきだと」




