避難演習と実践
その日は朝から、少しそわそわした空気が村に流れていた。
学びの小屋の子どもたちは、いつもより静かに集まってくる。なぜなら今日は――
「初めての避難演習の日、です!」
コーデリアが笑顔で言うと、緊張していた子どもたちの表情が少し和らいだ。
「笛の音が聞こえたら、先生たちの指示に従って、落ち着いて動きましょう。大きな声を出さない。荷物は持たなくていい。何より、大人の近くにいること!」
「“落ち着いて”ってむずかしい〜!」
「でもやってみる!」
村の広場、倉庫、薬草園、集会所――それぞれの場所に分かれていた子どもたちに、突然、甲高い笛の音が鳴り響いた。
「火事です!火の手が広がってます!すぐに避難してください!」
合図と同時に、大人たちが声を上げ、子どもたちが一斉に動き出す。
小さな子の手を握って走る年長の子。道の角で「こっち!」と叫ぶ子。
リュカが指定した“集合場所”である広場には、あっという間に人が集まり始めた。
「水瓶の位置確認、井戸は無事!」
「高台の見回り終わりました!」
「マリアちゃんがいません!」
「いたよ!こっちの納屋にいた!」
慌ただしくも、誰一人としてパニックにはならなかった。
演習が終わったとき、大人たちは拍手を送った。
「すごい……ちゃんと覚えてたのね」
「こっちが驚かされるとはな」
「さすが我らの学びの子たち!」
誇らしげな子どもたちの笑顔に、コーデリアは胸がじんと熱くなった。
ーーーーーー
そして数日後――
遠くで雷が鳴った。
空がどんよりと曇り、急な夕立が村を襲った。
「川が……あふれそうだ!」
年配の農夫の叫びに、すぐに動いたのはあの演習に参加していた子どもたちだった。
「高台の教会に!集まって!」
「リリア、あっちの赤ちゃん抱っこして!私、ばあちゃんの手引く!」
「火打石とランタン、持ったよ!」
誰に言われたわけでもない。
誰かを待つのでもない。
自分たちで考え、自分たちで助け合い、必要な場所へ、必要な人と動いていた。
やがて雨が止み、夜が明けたとき――
避難した人々が無事だったことはもちろん、子どもたちの行動が被害を最小限に抑えたことがわかる。
「……教えるって、すごいことだね」
避難所の一角で、リュカがぽつりと呟いた。
「うん。でも、学んだ子どもたちの力が一番すごいよ」
コーデリアの頬には、静かな笑みと、ひとしずくの涙が浮かんでいた。




