避難訓練
「……避難訓練って、どんなことをしてたんだ?」
学びの小屋からの帰り道、アレッサンドロがふと立ち止まってコーデリアとユリウスに声をかけた。
「火事や地震が起きたとき、どう動くかを決めて練習してたの。建物から出て、安全な場所に集まって人数を確認したり」
「誰が誰を助けるか、役割も決めてたよな。先生が号令をかけて、子どもたちが整列して」
「へぇ……それ、すごく理にかなってるな」
アレッサンドロは腕を組み、深く考え込むように視線を落とした。
「……話を夜の梟でしよう。今のうちにできることを考えたい」
その夜、夜の梟の隠し部屋に、コーデリアたちは集まった。
アレッサンドロ、ユリウス、リュカ、そしてアンドリュー王子の姿もある。
「この領地は川が近い。水害の危険は常にある。冬の吹雪も、年によっては村を分断しかねない。…災害は、敵じゃなくても民を追い詰める」
アレッサンドロが地図を広げ、各村の位置と自然地形を示す。
「川が氾濫したときは、丘の教会跡地へ避難できるようにしよう。風に強い作りで、井戸も残っている」
「薬草園の横の倉庫も、備蓄用に使えるかもしれません」
リュカが補足する。
「嵐の時はどうする?山間の集落は土砂崩れの可能性があるわ」
コーデリアが指差した場所に、赤い印がつけられた。
「そこには、村ごとに決めた避難先と、連絡役を置こう。…ユリウス、浄化の結界は、どこまで展開できる?」
「数十人規模なら可能だ。だが、事前に位置を定めておく必要がある。拠点に“守りのしるし”を刻んでおけば、俺が離れていても反応できる」
「……頼もしいな」
アンドリューが静かに頷いた。
そして、小さな巻物を取り出す。
「これは、王城の災害時記録だ。三代前の大嵐の際に、どのような対応をしたかが書かれている。父に許可を得て写しを取らせてもらった。…活かせるかもしれない」
「王族の記録まで……さすがね」
コーデリアが微笑むと、アンドリューは少し照れたように眉を下げた。
「ただ、王城と領地では規模も事情も違う。現場を知る君たちと一緒に考えたい。だから、ここにいる」
部屋の空気が、ゆるやかに、しかし確かに引き締まっていく。
「火事のとき、井戸の場所を知らなかったばかりに消火が遅れた家があった。隣の家が水瓶を貸したことで被害が広がらずに済んだ――そんな記録もある」
「なるほど……隣組での連携も、記録として伝えていくべきだな」
「“誰かが助けてくれる”じゃなく、“自分も誰かを助けられる”って思えることが、大事なのかもしれないね」
コーデリアの言葉に、一同が静かにうなずいた。
この夜の会議は、やがて各村に“防災連絡係”を置く制度や、子ども向けの「避難演習の日」、緊急時に役立つ道具を備蓄する「支え合い箱」など、具体的な仕組みへと繋がっていくことになる。
そしてそれは、災害だけでなく――
孤独、貧困、不安といった、目に見えない“心の嵐”にも、寄り添う力となってゆくのだった。




