護衛
日が傾きかけた学びの小屋にて、リュカとアレッサンドロが静かに報告を終えた。
「……こちらに害意はなさそうです。むしろ、心を動かされた様子でした」
「だが、別の国からも同じような動きがないとは限らない。アンドリュー殿に伝えておいた方がいいだろう」
数日後、王宮の一室。
王族としての役職を担うようになったアンドリュー王子の執務室にて。
「偵察だったとはな……だがよく対応した。コーデリアや子どもたちに危害が及ばず何よりだ」
報告を聞いたアンドリューは少し考え、真剣な面持ちで言った。
「万が一を考え、しばらく護衛をつけよう。表立ってではなく、目立たぬ形で」
リュカとアレッサンドロが頷くと、アンドリューは続けた。
「ただ……それだけじゃつまらないな。護衛だけというのもな。“守る”って何も剣や盾ばかりじゃない。体の使い方、ケガをしにくい動き、心身のケア……そういう“守り方”もあるだろう?」
「……なるほど。それを“教える側”として在中させると言うことですか?」
「ああ、そしてただ若い兵に限らず、老いた者や怪我で動けなくなった者も、彼らのためにも“動き方”や“回復”の知識を広めたい。コーデリアたちが以前話していたリハビリ…だったかな?前世の記憶にあったという方法も、きっと役に立つ」
コーデリアの“前世の記憶”から時折語られる、体に負担をかけない動きや、簡単な体操、手当の方法ーー
それらは、ただの知識ではなかった。
未来を生きる子どもたちの体を守り、今を生きる大人や年寄りの希望にもなる。
「よし、“学びの小屋”に新しい部門を作ろう」
アンドリューの言葉に、リュカが口元をゆるめる。
「…とても"耕す王子"らしい発想です」
「そらもいい呼び名だが、民の一人としてな」
彼は小さく笑いながら、空のほうを見上げた。
「誰かを守るって、力じゃなくて…気持ちから始まるんだよ」
納屋を改装した「学びの小屋」の一角に、近ごろ新たな空間が生まれていた。
柔らかい藁敷きの床、簡素な木製の手すり、壁には手描きの体の図解と、優しい色の花の絵。
そこは、“からだの学び場”。
「よーし、じゃあ今日は、転んでも手を怪我しないようにする“ころび方”を練習するよー!」
にこやかに声を張るのは、王宮から派遣された若き護衛兵。
最初は護衛の名目で来た彼も、今ではすっかり「先生」として子どもたちに人気だ。
「こ、ころび方……?」
「そう、こうやって手を出すと、手首を痛めやすいんだ。だから肩を丸めて、お腹から転がるイメージで……」
子どもたちは興味津々に動きを真似する。何度も転び、笑い、また起き上がる。
「こんなに転んでも痛くない!」
「これ、じいちゃんにも教えてあげたい!」
「おお、それがいいな。じゃあ次は、大人たちにも教えるぞー」
その日の午後、学びの小屋には年配の者たちも集まり始めた。
腰をさすりながら入ってくる者、杖をついたまま話を聞く者…
コーデリアがそっと手を引いて誘導すると、リュカが穏やかな声で語り始めた。
「若い頃に怪我をした膝は、無理に動かすと痛みます。でも、まったく動かさないと、かえって固まってしまうんです」
「今日は、そんな関節に優しい“ほぐし”をしましょう」
アレッサンドロは実演を交えながら、呼吸に合わせてゆっくりと肩を回し、足を軽く動かす方法を紹介した。
「これは、寝たきりだったご老人が少しずつ歩けるようになった動きです。最初は眉をしかめていたのですが、いつしかこう言ったんですよ。『自分の足で歩けるって、幸せだ』って」
静かな拍手が起こる。
泣き出しそうな笑顔を浮かべる老人もいた。
コーデリアは小さな冊子を広げた。
『おばあちゃんの知恵集・からだ編』
そこには、前世の記憶をもとにしたリハビリ法、ストレッチ、温めの工夫、食事の知恵などがまとめられていた。
使われる言葉は平易で、挿絵もふんだんに入っている。
「子どもと同じように、大人にも、“学び”は必要です。生きている限り、知ることで救われることがあるから」
コーデリアの言葉に、誰かがそっとつぶやく。
「……私らは役立たずなんかじゃない。まだ、できることがあるんだなぁ」
そのとき、学びの小屋の外に立っていたアンドリュー王子が静かに目を細めた。
彼の新たな役職ーーー
「民生顧問」としての活動は、国内だけでなく、他国にも静かな影響を与えはじめていた。




