ほろ苦い思い出。
「ねえ、コーデリア。今日のみんなのおやつ、何にするの?」
アレッサンドロの問いかけに、作業の手をふと止めたコーデリアは、少し遠くを見るような目をした。
「そうね……“こっぱ餅”を作ってみようかしら」
「こっぱ……もち?」
「ええ。お芋の粉とお米の粉で作るの。ちょっと固めで、甘さも控えめだけど……前の世界で、わたしが子どもの頃によく食べていたの」
そう言いながらも、コーデリアの表情にはどこか影が差していた。
「土地が痩せていてね。お米はあまり育たなかったから、代わりにさつまいもを育てていたの。戦争が終わった直後で、食べられるだけでもありがたかったけれど……」
そこまで言って、コーデリアは一瞬だけ言葉を飲み込む。
「“もう二度とさつまいもは見たくない”って言ってた人もいたわ。それだけ、みんなにとってはつらい時代だったの。でも……私は、やっぱり好きなのよね。素朴で、優しくて、あたたかくて」
隣で聞いていたユリウスが、ふっと笑みをこぼす。
「……なんだか、コーデリアらしいな」
「そう?…前世から、あんまり変わってないのかもね」
そうして始まった、こっぱ餅作り。
びわの葉にひとつずつ丁寧に包み、蒸し上げると芋とびわのほのかな甘くやさしい香りが重なって、どこか懐かしい匂いが立ちのぼった。
ーーー
再び市が開かれる日。
孤児院と貧民街の子どもたちが協力して出したブースには、こっぱ餅が整然と並べられていた。
湯気の立つ木箱を開けるとあたたかな香りが通りにふわりと広がる。
子どもたちは緊張しながらも、元気に声を張って客に呼びかけた。
「これは、さつまいもと米の粉で作ったお餅なんだよ!」
「びわの葉の香りがするんだ! 葉っぱは薬にもなるんだって!」
やがて、足を止めた大人たちが、ひとつ、またひとつと手に取り始める。
「食べたことないのに……なんだか懐かしいな」
「とってもやさしい味。もちもちで美味しいわね」
そんな声が聞こえるたび、ユリウスは小さく目を細めた。
「……やっぱり、これは魔法だよ」
「ううん。魔法じゃないわ。暮らしの中の知恵……でも、心を守ってくれる魔法に、すごくよく似てると思うの」
湯気の向こうで、子どもたちが誇らしげに笑っている。
それを見つめながら、コーデリアは静かに息をついた。
⸻
市が終わり、片づけもすっかり済んだ夕暮れ時。
「こっぱ餅、思ったより人気だったわね」
「うん、大人気だった。定番になっちゃうかも」
そう答えるユリウスの声には、どこか嬉しそうな響きがあった。
コーデリアは空を見上げた。冷たい風の中にはくっきりと春の気配が混じっている。
「……そうだ。もう少し暖かくなれば、よもぎもたくさん生えるはず。よもぎ団子作れるかもしれないわ」
「よもぎって薬草だよな? 昔、すり傷に揉んだ葉を貼ってたっけ」
「ええ、食べても体にいいのよ。解毒や整腸にも使えるわ。でも、お団子にすると香りも良くておいしいの。小豆を添えるとさらに美味しくなるのよね。……そういえば、小豆って浮腫みにも効くって、昔から言われてたわ」
ふと、コーデリアはぱっと目を輝かせてユリウスの顔を見た。
「リュカにも相談してみよう。よもぎの採取場所とか、薬効を活かした加工法とか……きっと何か一緒にできると思う! 小豆も今は飼料にしか使われていないみたいだし、もったいないもの!」
ユリウスは、そんな彼女の勢いに少しだけ驚いたように目を瞬かせてから、笑った。
「リュカなら、絶対に面白がるさ」
「ふふっ」
コーデリアの足取りは、どんどん軽くなっていく。
かつての苦く重たい記憶が、いまこの地で――誰かの笑顔や希望に変わっていく。
その手ごたえこそが、コーデリアにとって何よりの力になるのだった。
春は、もうすぐきている。
よもぎの芽が土の中で息を潜め、小豆を煮る甘い香りが、またひとつ新しい記憶をつくる日も、きっと近い。




