希望のめばえ
炊き出しの煙が立ちのぼる広場には、笑顔と湯気、そして土の香りが広がっていた。
干し野菜のスープに、そば粉と干しいもの団子を浮かべた鍋。
子どもたちの口には蒸かしたさつまいもが頬張られ、老人たちは温かい汁物に顔をほころばせている。
アンドリュー王子が、そっと囲炉裏の火を見つめながら呟いた。
「……これほど静かに笑い声が響く場所だっただろうか」
リュカはパンをちぎりながら苦笑する。
「心の隙間にも、あったかいスープって効くんだな」
そしてレクチャーも大成功だった。
さつまいもをどこに植えるか、種芋の保存方法、そばの種まき時期や、野草の見分け方──コーデリアの説明に、住民たちは真剣な眼差しを向けていた。
「お嬢ちゃん、あんた……ただの貴族じゃないねえ」
「ああ、“生きる方法”を教えてくれた。ワシら、まだやれる」
そんな声が、あちこちから聞こえた。
食べ終わったあとの団欒のなかで、誰かがぽつりと口にした。
「春になったら、菜園を作ってみようかな……。家の中の土間でもできるって言ってたし」
「うちの裏にも、ちょっとした空き地があるんだ。隣近所と一緒に耕せたら、いいかもな」
「そしたら今度は、おいらたちが作った野菜で、みんなにご馳走ふるまえるかも!」
子どもたちの目が輝く。大人たちも、どこか少年のような顔でうなずいた。
その様子を見ていたコーデリアは、ふっと思いついたように立ち上がる。
「ねぇ……せっかく、こんなにみんなが元気になってきたんだし――」
ぱん、と手を打つ。
「“冬祭り”、しない?」
広場が一瞬静まり返る。
祭り――その言葉を、ここで聞くとは思っていなかったからだ。
「焚き火をして、温かいものを持ち寄って……歌ったり、踊ったり。ね、昔はしてたんでしょ?」
年配の女性が目を潤ませて言う。
「……ええ、してたわ。むかし、私たちが子どもだった頃……お父さんが太鼓を叩いてね、みんなでぐるぐる手をつないで踊ったっけ」
「でも、もう……太鼓も壊れたし、踊れるような服もないし……」
「じゃあ、私たちで作ればいいの」
コーデリアはきっぱりと言う。
「紙をちぎって飾りを作って、木の枝を束ねて太鼓の代わりにして……あ、焼き芋大会もできる!」
子どもたちがぱあっと顔を輝かせる。
「歌だって覚えてるよ! おばあちゃんが教えてくれた!」
「わたし、星の飾りを作れる! 針金、まだあるもん!」
広場が再び、今度は笑いとざわめきに包まれる。
火の粉が夜空に舞い、冷たい空気の中に、はやる心が踊っていた。
アンドリューはその様子を静かに見つめ、そっとコーデリアの隣に立つ。
「君の言葉には……不思議な力があるな」
コーデリアは、はにかむように笑って言った。
「力なんてないわ。ただ、“生きるって楽しい”ってこと、みんな思い出してほしいだけよ」
ーーーーー
そして数日が過ぎ、冬祭りの日
冷たい夜空の下、貧民街の広場にはたくさんの灯りがともっていた。
木の枝で組まれた小さな灯台、色紙で飾られた星型の提灯、そして中央には、焚き火の周りに人々が輪になって立っている。
広場の真ん中で、子どもたちがくるくると踊っていた。
手には紙で作った冠と、リボンを結んだ杖。誰かの古着を染め直した衣装が、ぱっと華やかに舞い上がる。
誰かが歌い始めると、大人たちも肩を揺らして口ずさみ始めた。
ほくほくに焼けた芋、甘く煮詰めた林檎、そば粉を練った団子のスープ。
たくさんの料理が並び、火のまわりには自然と笑顔が集まっていく。
やがて、ひとりの老婆が、焚き火の前にそっと歩み出た。
皺の深い頬に涙を浮かべながら、静かに言う。
「……今年の冬は……死ぬかもしれないと、思っていたんだよ」
その声に、火のまわりのざわめきがすっと静まる。
「でもね、こうして生きていられる。あったかくて、芋の甘い匂いがして……子どもたちが笑っている」
涙が一筋、頬を伝った。
「こんな冬が来るなんて、夢にも思わなかった。ありがとう……ほんとうに、ありがとう……!」
その声を合図のように、次々と人々が手を合わせ、コーデリアたちへ顔を向けた。
「ありがとう、お嬢ちゃん……ありがとう、みんな……!」
「この冬、俺たちは笑って越せる。信じられる」
「生きててよかった……ほんとに……!」
コーデリアは胸がいっぱいになりながら、小さく頭を下げた。
その隣で、フードを目深にかぶった青年が静かにその光景を見つめている。
アンドリュー王子だった。
(これが……国の力、か)
目の前にあるのは、金でも宝石でもない。
人々のあたたかな声、光、ぬくもり――命そのものが奏でる、希望の光景。
その全てを胸に刻むように、彼は心の中で呟いた。
(私は、彼らを知らなかった。民がこんなにも強く、美しいことを……)
(……この光こそが、国の宝だ)
冷たい冬の夜にともった焚き火は、
誰の心にも、小さく、しかし確かに――未来へ続く火を灯していた。




