苗木の分配
薬草園の奥に並ぶ小さな苗木たちは、春の陽に照らされて若々しい葉を揺らしていた。
リュカと庭師たちの手によって接木されたびわの苗は、順調に育ち、今や一本一本がしっかりと根付き始めている。
「そろそろ、苗木を村にも分けていこうと思うんです」
そう言ったのは、コーデリアだった。
傍らで記録帳を開いていたユリウスが、にこりと笑う。
「まずは希望を出してくれた家から、十本。農家だけじゃなく、洗濯場の脇や、村の学校の庭にも植える予定です」
リュカが頷きながら続ける。
「日当たりと風通しが大切なので、場所選びも手伝います。袋がけや剪定の方法も、直接教えに行くつもりです」
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後日、ベルフィオーレ領の中心部にある村広場には、整然と苗木が並べられていた。
根鉢を麻袋で包まれ、支柱とともに添えられた札には、それぞれの苗に関する注意事項と育て方が丁寧に記されている。
「なんだか、大事なお嫁入りみたいだなぁ……」
そうつぶやいたのは、かつて洗濯場で湿布を使ったルチアだった。彼女は新しく開く予定の共同菜園の一角に、びわを植えたいと申し出ていた。
「ほんとうに、わたしたちに育てられるのかしら……」
少し不安げな声に、コーデリアはにっこりと頷いて答えた。
「だいじょうぶ。お水をあげて、お日さまを浴びさせて、剪定や袋がけのやり方は、リュカさんや私たちが一緒にお教えします。びわは、優しい木ですから。ちゃんと、応えてくれますよ」
「お嬢さま、ありがとございます……。ほんとに、私たちのためにこんな……」
「育てるだけじゃなくて、ちゃんと実がなったら、お菓子や保存食にする方法もお伝えしていきます。干したり、煮たり、種を焼酎に漬けて薬酒にもできますしね」
横からリュカがにっこりと補足する。
領民たちは顔を見合わせ、思わず笑みを浮かべた。
「なんだか、未来がある話だなぁ……」
「子どもたちが木に登って、びわを取ってくれたりするのかしら」
「お祭りでびわ菓子が出たりしてな!」
どこか浮き立つような空気が、広場を包んでいた。
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その後も、コーデリアたちは苗を配る家ごとに足を運び、一緒に植え付けを行った。
しゃがんで土を触り、穴を掘り、支柱を立て、根元をそっと押さえる。
「コーデリアさまが、こんなに汚れたお手々に……!」
「この子が大きくなるには、土に触れないとね。ああ、手袋もいらないわ」
そう言って笑う姿に、驚きと親しみが混ざったような目を向ける村人たち。
中でも、幼い女の子がにこにことコーデリアに尋ねた。
「この木、どのくらいで実がなるの?」
「早ければ、二年目の春には花が咲くわ。……ね、楽しみに待っててね」
「うん! おばあちゃんにも見せてあげる!」
コーデリアは小さく目を細めた。
そう。
この木は、未来に繋がっていく。
誰かの家の庭で、誰かの手で大切に育てられて、やがて果実が実る。
それを食べた子どもが、大人になって、また新しい木を育てていく。
静かに芽吹くやさしい苗木は、もう人々の心に根を下ろし始めていた。




