苗木の育成計画
春の陽光がまだ優しい朝のこと。
ベルフィオーレ家の屋敷の裏手にある薬草園では、新たな計画に向けて、庭師頭のヘルマンと薬師のリュカ、それにコーデリアとユリウスが集まっていた。
「……この一帯を拡張して、びわ専用の棚畑にしたいと思ってます」
コーデリアが指し示したのは、薬草園の端にあるゆるやかな南向きの斜面。
元は雑草が茂っていた一角だが、既に耕し直され、仮設の支柱と杭が並んでいる。
「南向きで日当たりが良く、水はけもいい。風も抜ける。びわを育てるには理想的ですね」
リュカが感心したように頷き、持参した図面を広げて見せた。
「苗木は実生より接木の方が安定します。今回の苗、すでに台木として数年育てたトベラを使ってまして。そこに、実付きのよい母木から取った穂木を接いでいく予定です」
「接木って……その場でやるの?」
「ええ。ちょうど今日、試しに一本やってみようと思っていました」
リュカはそう言って、柔らかな芽吹きを見せる台木の前に立った。
そして、すっと取り出したのは、小指ほどの太さのびわの枝――今年初めに剪定された実績ある母木の穂木だった。
「接ぐのは、成長をうながす春先がいちばん適してます。芽が動き出す前のタイミングが理想で……今日がその日、です」
手慣れた動きでナイフを使い、台木の先端を斜めに削ぎ落とすと、穂木の根元も同じ角度に削り取った。
切り口同士がぴたりと合わさるように慎重に位置を決め、樹皮を傷めぬよう、柔らかな麻紐と癒合剤で接合部をしっかりと固定していく。
「この部分が、きちんとつながれば……数週間で芽が吹きます。やがて、実をつける」
「一本からでも、実がなるのよね」
「ええ。びわは雌雄異株ではありませんから、他に木がなくても大丈夫です。ただ、風通しや光の入り方を整えるため、剪定がとても大切です。特に、枝が混み合ってしまうと実が大きくならない。間引きや誘引には向かない分、自然な形を見極めながら整える力が求められます」
ヘルマンが腕を組み、じっと接ぎ木の仕上がりを見つめていた。
「剪定ってのは、“将来こう育つだろう”って、何年か先を見ながら枝を残す作業だからな。感覚が問われる。面白い」
「袋がけの手間も必要です」
リュカが、もう一枚の資料を取り出した。
「実が熟す前に虫がついたり、雨に当たって傷んだりしやすいので。ひとつずつ袋をかけて保護するんです。見た目や香りを守るためにも」
「それは大変ね。でも……それだけの価値がある実なんだと思う」
コーデリアは、穂木の先にわずかに芽を見せた接木部分を見つめながら、そっと呟いた。
「……未来に繋がる命、ですね」
「この苗木たちがしっかり育てば、村にも広げられます。特産品にもなるし、薬用としても使える。この領地に根付けば、百年後の人たちにも残せるものになります」
「びわは、素朴だけど、品のある木です。一本一本がゆっくり実を結んで、それを誰かが待っている。……そういう作物って、なんだか、いいですね」
「木は、人間より長生きすることもあるからな。うまく育てれば、百年後もこの木の子孫が生きているかもしれん」
ヘルマンの言葉に、場の空気がふっと穏やかにやわらいだ。




