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美味しかったと伝えよう!

「…美味しい…!!!」


 その日のお昼ごはんは、焼きたてのチキンパイに、かぼちゃのスープ、ほうれん草のソテー、そしてデザートにはフルーツゼリー。

 口に運ぶたび、胸の奥がふわっとあたたかくなる。


 ひと口ごとに、思わず顔がほころんでしまって、ナイフとフォークを置いた私は立ち上がった。


「ペンと便箋をください!」


 いきなりの発言に、側にいた侍女が慌てて立ち上がる。


「お、お嬢様!? お手紙でも書かれますか?」


「はい。とっても大切なことを書きたいの」


 そうして、私は一生懸命にペンを走らせた。文字はちょっとたどたどしいけれど、心を込めて。





ーーーーー


「これは、今日のお昼を作ってくれたみなさまへのお手紙です!」


 手紙を持って厨房へ向かった私は、扉の前で深呼吸。中では忙しそうな音がしていたけれど、ノックをして名乗ると、ぴたりと音が止んだ。


「お、お嬢様!? こちらへ…あの、どうされました!?なにか不備でもございましたか…?」


 恐る恐る顔を出した料理長――大きな身体に立派な口ひげをたくわえた中年の男性が、目を丸くして言う。


「今日のお料理、すっごく美味しかったです! だから、お礼が言いたくて」


 私は手紙を差し出した。料理長がそれを受け取り、読み始めた瞬間――


 彼の目が、じんわりと潤んだ。


「……お嬢様、わたくし…厨房に入ってから三十年になりますが……こんなに、こんなに嬉しいお言葉をいただいたのは初めてです…!!!」


 そう言って涙ぐむ料理長に、私は小さく笑って、さらに一歩踏み出す。


「ねえ、料理長。まるで魔法みたいに美味しいごはん、どうやって作ってるのか気になるんです。

邪魔にならないようにしますから…今度、作ってるところを見せてくれませんか?」


 一瞬の沈黙のあと、厨房中に歓声が上がった。


「もちろんですとも!」「いつでもお越しくださいませ!」「料理人冥利に尽きる!!!」


 料理長は真っ赤な顔で何度もうなずき、侍女たちがうれしそうに顔を見合わせる。

 私の中で、ぽっと灯った小さな感謝の気持ちは、こうして厨房中にあたたかく広がっていった。



ーーー


 その日の夕方。


 広間の一室に、使用人たちがこっそり集まっていた。掃除係、メイド、執事、門番、洗濯係……全員が口々に話す。


「最近のお嬢様、ほんとうに…なんといいますか…とても愛らしいんです!」


「そうそう、まるでお日さまのようです。あんなに素直に“ありがとう”を言ってくださるなんて…。」


「花壇のおじさんなんて、あまりの感動で腰抜かしそうになってましたよ!」


「私にも言ってくれました。“美味しいごはん、ありがとう”って…!!」


 部屋の中に、じんわりとあたたかな空気が満ちていく。

 小さな公爵令嬢のささやかな“ありがとう”は、使用人たちの心をまるで魔法のようにときほぐしていった。

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