使用者へ聞き取り
市場は午後の日差しを受けてにぎわっていた。果物の甘い香りと、人々の活気ある声が混じり合う中、コーデリアたちは目指す店の前で足を止めた。
「いた。あの人よ」
コーデリアが指差した先に、干しりんごの屋台を切り盛りする、頑固そうな白髪の老人がいた。肩に厚手の布をかけ、今日も変わらず、渋い顔で通行人に声をかけている。
「……あれ、コーデリア嬢じゃねぇか。今日はアレッサンドロ坊ちゃんにユリウス坊ちゃんも一緒かい?」
「こんにちは、おじいさま。肩の具合、どうですか?」
「おう、あれからずっと調子がいい!あの葉っぱはすげぇ。なんだったっけな、“ビハ”?“ババ”?」
「“びわ”です」
横からリュカがすかさず訂正すると、老人は「あぁそれそれ」と笑った。
「なんだ、あんたは?」
「薬師のリュカと申します。すみません、いきなりで。あの、その“びわ湿布”、詳しくお話を伺えませんか?」
「詳しく?」
老人が目を細めた。
「そのときの症状や使い方、効いたと思った理由、いつから楽になったか……あと、他に同じような症状の人にすすめたりしました?」
「……なんだか分からんが、真剣な目だな。よし、話してやらあ!」
老人はそう言って屋台の椅子を指し、語り始めた。
肩の重さは長年のもので、天気の悪い日は特に痛んだこと。
医者に薬ももらったが、効果は長続きしなかったこと。
ところが、コーデリアのくれたびわ湿布を夜に肩へあてて眠った翌朝、ふしぎなほど軽くなっていたこと。
一日置きに三度、それを続けた結果、肩の痛みはほとんど消えたこと――
「ご近所の奥さんたちにも話したよ。今じゃ近くの連中が“あの葉っぱどこでもらえるんだ”ってざわついてるさ。コーデリア様からいただいたって言ったらそりゃあ羨ましがられてね。」
「そ、それはすごい……」
リュカはノートを走らせながら、小さく感嘆の声を漏らした。
「あなたのお話、ものすごく貴重な“使用報告”です。ありがとうございます……これは、しっかり広めないと!」
コーデリアが頭を下げると、老人は照れくさそうに頭を掻いた。
「ふん。まあ、あれだ。…あの葉っぱがまた手に入ったら、干しりんごのおまけにつけて渡したりもできるぞ?」
「それ、いいですね。配布と一緒に使い方も教えるのは、きっと効果的です」
アレッサンドロが静かに頷いた。
「記録は僕がまとめておくよ。リュカ、後でまとめてデータにして」
「了解です!」
ユリウスが笑いながら言った。
「“びわ湿布屋台”になりそうだな、ここ」
「悪くないな」老人がニヤリと笑った。「ただし、配るのは干しりんごを買ったやつ限定だ。商売だってしなくちゃな」
三人と一人の薬師は、顔を見合わせて笑った。
ーーーーー
夕暮れの書斎。窓から差し込む柔らかな光の中、ユリウスは静かに口を開いた。
「…やっぱり、伝えるべきだと思うんだ。リュカには」
机に広げたびわの文献を閉じながら、コーデリアがゆっくりと顔を上げた。
「……理由は?」
「僕たちが進めている研究の根っこには、君の前世の記憶がある。その核心を伏せたまま協力してもらうのは、齟齬が生じかねない…それに何よりも、誠実じゃない気がして。……それに、彼は信じると思うよ。上手く言えないが…そういう目をしてる」
アレッサンドロも腕を組み、静かに頷いた。
「概ね同意だ。しかし万が一妙な輩に漏れれば、コーデリアの身に危険が及ぶ可能性もある。信頼できるとはいえ慎重に判断すべきだ」
コーデリアは少し考えたのち、ふっと微笑んだ。
「……じゃあ、伝えよう。でもその前に、ちゃんとお願いをしなくちゃ。秘密を守る手段を」
「秘匿の魔法契約…か。
」
⸻
後日、リュカの作業部屋にて。
コーデリアたちが、「この研究の背景には前世の記憶があること」を丁寧に説明すると、リュカは目を見開いてしばらく沈黙した。
だが、すぐに神妙な面持ちでうなずいた。
「なるほど……驚きました。でも、全部……納得がいきました。だからこそ、僕からお願いがあります」
「お願い?」とユリウスが身を乗り出す。
「はい。秘匿の魔法契約を結ばせてください。この記憶と知識が外部に漏れないように。貴族であっても、一般の薬師であっても、記憶を守る責任は同じです」
コーデリアが目を見開いた。
「……知ってるのね、その魔法契約」
「薬師の家系ですから。人の命と知識を預かる以上、口外できないことも多いんです」
彼は立ち上がり、棚の奥から一冊の古びた契約書と、小さな魔法陣の書かれた石板を取り出した。
「これに名前を書き、血を一滴垂らせば成立します。僕がこのことを口外すれば、契約が破れ、記憶の一部を失う仕組みです」
ユリウスは真剣な表情でうなずいた。
「……そこまで。……ありがとう、リュカ」
リュカははにかむように笑った。
「僕だって……この研究に本気ですから」
そして契約の石板に、自らの指先で傷をつけ、一滴の血を落とす。
淡く光る魔法陣が、静かにその秘密を包み込んだ。




