縁談
書斎の空気が、いつになく張り詰めていた。
父の前には、今日届いたという数通の手紙が山のように積まれている。
「この一週間で、十を超える家から“縁談”の打診が来ている。……中には“神殿を通じた推薦”まであった」
母が目を見開いた。
「神殿が推薦…? それはつまり……」
父はうなずいた。
「“聖女候補には、それにふさわしい守護者を”という名目だ。コーデリアを“個人”ではなく、“象徴”として囲おうとしている」
「……。」
アレッサンドロは眉をひそめ、そっと妹の顔を見る。
コーデリアは静かに座っていたが、その小さな手がわずかに震えていた。
「まるで……モノみたいな扱いだ」
ユリウスの声が低く落ちた。
「“ふさわしい者を選ぶ”なんて、そんなの勝手すぎる。」
アレッサンドロがユリウスに目を向けた。
「……ユリウス、お前は本当に、コーデリアと今世でも結婚したいと思っているのか?」
ユリウスは即答した。
「当然だ。彼女は僕のすべてだ」
アレッサンドロの視線が、今度はコーデリアに向けられる。
「……コーデリア。君は?」
コーデリアは一拍、目を伏せた。
でもすぐに、顔を上げる。
「わたしも。たとえ“前世で夫婦だったから”じゃなくても……ユリウスと一緒がいい。ずっと、そう思ってた」
その言葉に、父と母の表情が揺れる。
「だったら……」アレッサンドロはゆっくり言った。「正式に、婚約してしまってはどうでしょうか。誰にも手を出させないように。守るために、…俺たちの意思で決めるのです。」
父が小さく目を閉じ、ため息のように言う。
「……お前たちがそこまでの覚悟なら、私も反対はしない。だが、これは子どもの気まぐれでは済まされない。名実ともに“公の婚約”となる」
母が優しく、けれど真剣に言葉を重ねる。
「それでも、ふたりは……覚悟があるのね?」
ユリウスが立ち上がり、深く頭を下げる。
「……コーデリアを守るためなら、僕は何にでもなります」
コーデリアも、まっすぐに両親を見る。
「わたしも……ユリウスとなら、大丈夫です」
沈黙のあと、父が重々しくうなずいた。
「――いいだろう。明日、正式に発表しよう。“ コーデリア=ルクレツィア・ド・ベルフィオーレ侯爵令嬢と、ユリウス・フォン・クラウゼン伯爵嫡男は、婚約を結ぶ”と」
その言葉に、静かに安堵が広がる。
でも、その裏ではすでに「聖女候補を巡る権力の綱引き」が始まりかけていた――。




