あいさつは大事よね
「……よし、まずは“ありがとう”と“ごめんなさい”をきっちりするところから、ね」
ドレッサーの前で髪を整えてもらいながら、私はそっと心の中でつぶやいた。
なにをどうすれば、この世界で“悪役”として苦しめられるはずだった人たちを救えるのか――正直、さっぱりわからない。
でも、ひとつだけわかることがある。
私はまだ、五歳の子供だってこと。
難しいことや、大人の都合に首を突っ込むなんて無理。
でも、“目の前の人を大事にする”くらいならできる気がする。それ以上のことはそうなってみないとわかるわけがないわ。まずは目の前の現実と向き合うわよ!ちゃんと挨拶と感謝から。
これはもう、日本のおばあちゃんとして生きてきた私の、基本中の基本よね。
朝食を終えたあと、私はお庭に出ることにした。
今日はお天気もよくて、花壇には色とりどりの花が風に揺れている。
いつもは「汚れるから外は嫌」って言って、こういう場所に来ることすら避けていたけれど…今は、草のにおいも、花の色も、とても新鮮に感じる。
「あ、おじさま。おはようございます!」
私は、花壇の手入れをしていた庭師のおじさんに、ぱっと笑顔で挨拶をした。
おじさんはびくりとしてスコップを落としそうになった。
「お、お、お嬢様!? え、ええっと…お…おはようございます……」
普段なら、挨拶なんてしたこともなかった私に、驚くのも当然だろう。
でも、私はにっこりと笑ったまま、ぺこりと小さくお辞儀をする。
「いつも、お花のお世話、ありがとう。とってもきれいで、気持ちがよくなります」
おじさんはしばらく固まっていたけれど、やがてしわくちゃな顔に笑みを浮かべた。
「……いえいえ、お嬢様がそうおっしゃってくださるだけで、報われます。ほんとうに……嬉しいです」
その笑顔に、私の心もじんわりあたたかくなった。
……と、ここでちょっと冷静になる私。
前世の感覚から言うと、私はまあまあ普通の女の子――むしろ整いすぎておらず可愛げのある顔だと思う。
でもこの世界の美的基準からすると、私は"ちょっと残念"な部類らしい。
父はすらりとした整った顔立ちに金色の髪、母はまるで人形のような美貌。
なのに私はというと、ふたりの"惜しいところ"ばかりが見事にミックスされた、なんとも絶妙な顔立ち。
――遺伝の悪戯かしらね。ふふふ。
でも、私は知っている。器量の良し悪し以上に、愛想の良し悪しが人生を分けるってことを。
おばあちゃんだった私は、それで長生きできたし、子どもも孫も、みんな仲良くしてくれた。
「よし、次は門番のおじさんにも挨拶しに行こうかしら」
私はスカートの裾をそっとつまんで、にこにこと歩き出す。
小さな一歩だけれど、今日もちゃんと“ありがとう”を言えた。
この世界を“少しでも善く”するための、コーデリアのゆるやかな挑戦は、今日も続いていく。




