可愛がり
中庭の一角、花壇のそばでしゃがんでいたコーデリアの耳に、少し大きな声が届いた。
「ラウル、もっとこっちだ。手順、見て覚えろって。まったく、お前はいつも鈍くさいなあ」
庭師のトマスが、背後に立つ少年に向かって声をかけていた。10歳ほどのラウルという少年は、少し離れたところで、所在なげに立っている。
「……だから来たくなかったのに」
風に乗って届いたその小さな呟きに、コーデリアはそっと立ち上がり、ふたりに歩み寄った。
「こんにちは。お手伝い?」
「お、お嬢様……こんにちは……」
ラウルは少し驚いた様子で頭を下げた。
「お嬢様、こいつね、春休みで家にいてもだらけるだけだから連れてきたんですよ。人見知りだし、顔もまんまるで女の子みたいでさあ。ちょっと強めに言うと、すぐむくれるんですわ」
そう言って、トマスは笑いながらラウルの肩をぽんと叩いた。
「な、ラウル。そういうのも“愛嬌”ってやつなんだよ。いじられたくらいで、いちいち気にするなって」
ラウルはぐっと唇を引き結び、視線を下に落とした。
「……ラウルくん、あんまり嬉しそうじゃないですよ?」
コーデリアは穏やかに、けれどはっきりと声をかけた。
「え?いやいや、お嬢様、これくらい普通で——」
「言葉で“可愛い”って言っても、口調や空気で、まったく違うものに聞こえちゃう事ってあると思うんです。それにどう言うつもりで言ったのかと、言われた本人が嬉しいかどうかって…必ずしも一緒じゃないと思います。少なくとも私はラウルくん、がまんしてるだけに見えました」
トマスの言葉が止まり、少しだけ戸惑った表情が浮かぶ。
「わたし、小さい頃お父様に『背が低いままで可愛いな』って言われたことがあって…。大したことではなかったと思うんですけど、それでもその時、ちょっとだけ悲しかったんです。私は成長してるつもりだったから」
「……」
「ラウルくんはきっと、“ちゃんと褒められたい”んだと思います。今日ここに来たこととか、手伝おうとしてることとか、そういうのを『えらいね』って言ってほしかったんじゃないかな」
コーデリアはラウルを見つめながら、やさしく、けれど芯のある声で続けた。
「“可愛がる”って、ちゃんと“伝わる”ことが大事なんです。伝わってなかったら……それは“いじり”じゃなくて、“いやがらせ”になってしまうかもしれません」
空気が静まり返る。
「“冗談のつもり”でも、相手が笑えなかったら、それはもう“冗談”じゃないです。“可愛がってるつもり”で傷つける事と、“いじめ”とは相手にとってどこが違うんでしょうか?」
トマスはしばらく沈黙した後、ラウルの肩に置いていた手を外し、そっと背に回した。
「……ラウル。嫌だったか?」
ラウルは黙ったまま、ゆっくりとうなずいた。
その仕草に、トマスの顔から冗談めいた色が消え、代わりに深い後悔の影が落ちる。
「……そうか。ごめんな。俺、気づいてなかった。ちゃんと、見てなかったな」
ラウルはまだうつむいていたが、その顔はほんの少し、緩んでいた。
コーデリアはそんなふたりを見て、ほっと息を吐いた。
「大丈夫です。ちゃんと伝わりましたから。これからは、きっともっと仲良しになれますよ」
やわらかな風が吹き抜け、花壇の花々が静かに揺れた。




