おじいさんとおばあさん
コーデリアとアレッサンドロ、ユリウスの3人は公爵家の庭の奥にあるガゼボで話をすることになった。
ガゼボに流れる空気には、花の香りと朝露の清らかな気配が混じっていた。
少しの沈黙のあと、コーデリアがそっと口を開いた。
「ねえ…お兄様、これから、わたしとユリウスさんでちょっと不思議な話をしてもいい?」
アレッサンドロは視線を向け、小さく頷いた。
「わたしたち、前の人生でね、結婚していたの。おじいさんとおばあさんになるまで一緒に仲良く暮らしていたわ。そこは静かな“日本”っていう平和な国で、小さいけどあったかいお家に住んでたの。ご飯を一緒に食べたり、お庭でお花を育てたり…すごく優しくて、安心できる毎日だった。ふたりで、どうでもいいことで笑って……それだけで幸せだったの」
「僕にも、その記憶があるよ」とユリウスが続けた。
「その人生では、僕たちはただの庶民。戦いも、呪いもない、普通の老夫婦だった。ただ、夕飯の献立に悩んで、孫たちが遊びに来るのを楽しみにして……そんな、穏やかな時間だった」
コーデリアが小さく笑う。
「あなたが“おじいさん”で、わたしが“おばあさん”。……ちょっと変な感じだけど、でも、あの人生がすごく好きだったの」
アレッサンドロの表情が、ほんのわずかに緩んだ。
「……君たち、本当に変わってるな。けど……その話には、まだ続きがあるんだろう?」
ユリウスの表情が曇る。
「ええ……それからまた別の人生で、僕たちは再び出会ったんです。あれが未来なのか、それとも別の世界線なのか、はっきりとはわからないので断言はできません。でも……その世界では、コーデリアが“周囲に与える影響を強める力”を持つ存在として、暴走してしまった」
「……“影響を強める力”……」と、アレッサンドロが眉をひそめた。
「その力のせいで、誰も彼女に逆らえなくなった。結果として、世界そのものが蝕まれていったんです。……でも、僕だけは“聖なる力”のおかげで影響を受けず、彼女のそばにいることができた。信じていたんです。彼女の心の奥に、まだ光があるって」
「そして……彼は、わたしを止めてくれた。命をかけて」
コーデリアの声が少し震えた。アレッサンドロは、黙ってそれを聞いていた。
「前世を思い出したときに……たぶん、神様のような存在だと思うけど、言われたの。“この世界を少しでも良くしてください”って」
ユリウスが、驚いたように彼女を見た。
「……前世がどうであっても、今の君は5歳の子どもだ」と、アレッサンドロが静かに口を開いた。「だが、それを夢でも幻でもなく“記憶”として話すならーー俺はそれを、信じるしかないのかもしれないな」
ユリウスが深く頭を下げる。
「ありがとうございます。今度こそ、コーデリアの心が壊れないように。前世の二人のように、笑顔で過ごせるように、全力を尽くします」
しばらく何も言わなかったアレッサンドロは、やがてそっと手を伸ばし、コーデリアの頭を優しく撫でた。
「……ああ、わかった。妹の“これから”は、お前の“これまで”を越えていくんだろう。なら……俺も、それに付き合っていくさ」
風が、ガゼボの蔦をやさしく揺らしていた。
三人の間に流れる静けさは、もう“他人”のものではなかった。




