影響を強める
——目が覚めた時、コーデリアの頬には、一筋の涙が伝っていた。
窓の外では朝日が昇りかけており、柔らかな光がカーテン越しに差し込んでいる。
しばらく、彼女は天井を見つめたまま、ただじっとしていた。
(影響を…強める……?)
口の中でそっとつぶやく。それは、異国の魔法の呪文のようで、すぐには意味を掴めなかった。
(私が傍にいるだけで、誰かの心に、何かが染み込んでしまうの?)
夢の中で見た、もう一人の自分。香りで縛り、言葉で傷つけ、人を意のままに操っていた少女。
けれど彼女は、それを当然のことのように、微笑みながらこなしていた。
(……もしかして、あの子は…愛されて、止めてもらいたかったのかも)
「影響を強めるって……善にも悪にも影響を強めるってことなの?」
ぽつりと漏れた声に、鳥のさえずりがかすかに重なる。
(なら私は——誰かの心に、そっと寄り添える影響を残したい)
シーツの上で、小さな手がぎゅっと握られた。
……けれど、心の奥には、まだ不安が沈殿していた。
(本当にそれでいいの? この力のこと、私だけで抱えていていいの……?)
そのとき、ふと浮かんだのは、兄の顔だった。
夢の中で、壊れたような目をして机に向かっていた彼。
けれど現実の兄は、私の変化に気づき、真正面から向き合ってくれた。
(お兄様なら、きっと――)
ーーー
その日の午後。コーデリアはそっと兄の書斎を訪ねた。
コンコン、と扉を叩くと、少しして中から「入っていいよ」と穏やかな声が返ってきた。
「お兄様……あの、ちょっとだけ、お話ししたいことがあるの」
机の向こうで微笑む兄の顔に、コーデリアはそっと歩み寄る。
「昨夜……不思議な夢を見たの。怖かったけど、忘れちゃいけない気がして」
「夢?」
兄は少し驚いたように眉を上げたが、すぐに椅子を引いて「ここに座って」と手招いた。
「……夢の中でね、もう一人の私が出てきたの。すごく冷たくて、人を操るようなことをしてたの」
「操る……?」
「うん。“影響を強める”って言葉が、何度も出てきたの。多分単なる夢じゃないと思う…。」
コーデリアの声はかすかに震えていたが、兄は遮ることなく、静かに耳を傾けてくれた。
「その力で人を傷つけたり、支配したりしていたの。でも……私は、そんなふうにはなりたくない」
そう言いながら、彼女はぽつりとつぶやいた。
「でも、もしもいつか、間違えてしまったらって思うと……こわいの」
兄は黙ったまま、そっとコーデリアの手を取った。
「“影響を強める”って力……僕にはまだ、詳しいことはわからない。けれどね、コーデリア」
「今の君が、その力をどう使いたいかをちゃんと考えてるなら大丈夫だよ」
「その力について、僕も調べてみる。それに……もし君が間違えそうになったら、僕が止める。だから、全部ひとりで抱え込まないで」
「……相談してくれて、ありがとう」
その言葉とぬくもりに、コーデリアの胸がじんわりと熱くなる。
「……ありがとう、お兄様」
小さく笑ったその顔は、夢で見た“もう一人の自分”とはまるで違う。
誰かを傷つけるのではなく、思いやることを選び取った、優しい少女のものだった。




