夢の記憶
霧がかった白い空間に、足音ひとつ響かない。
どこか現実味のないその景色の中で、コーデリアはぽつんと立っていた。
視線を移した瞬間、空気がゆらぎ、場面が切り替わる。
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香の焚かれた広間。
淡い甘さが満ち、空気が重く感じられる。
そこには、もう一人の“自分”がいた。
「お母様は、わたくしのものですのよ」
少女は母親の腕をきつくつかみ、震える侍女に毒のような言葉を吐いていた。
「わたくしの許可なく、お母様に話しかけないでちょうだい。ああ、…もう、また香りが必要ですわね。落ち着かせてあげましょう。特別な配合で、思考が鈍くなるくらい、ね」
甘ったるい香りが漂い、侍女は目を潤ませ、ふらりと膝をつく。
コーデリアは息を呑んだ。
——これは、……私?
周囲を見回すと、兄の姿もあった。
だがその目は虚ろで、ただ言われるままに書類を処理している。
「彼は“わたくしの目”ですもの。優秀で当然ですわ。ご褒美に、香りを少し強くしてあげる」
香りは、人を縛り、支配し、思い通りに操るための道具となっていた。
そこに、罪悪感など微塵もない。
「みんな、素直で可愛いわ」
夢の中の彼女は、優雅にカップを傾け、穏やかに微笑んでいた。
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場面が切り替わる。
書庫の奥、誰もいない静かな空間。怯えた少女の声が響いた。
「誰にも言わないでください……お兄様が戦地に行ったことが不安で……夜も眠れなくて……」
その涙を、コーデリアはやさしく受け止めた。
「大丈夫よ。私、秘密は守るわ」
——だが、数日後。
少女は社交界の席で突然吊るし上げられる。
「情緒不安定」「兄に依存している」
そんな噂の出どころは、他でもないコーデリアだった。
「良い子にしていれば、黙っていてあげたのに。わたくしの言うこと、聞かないからよ。反抗するなんて、おかしいもの」
彼女は、他人の悩みや弱みをネタに、言葉で脅し従わせていた。
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さらに場面が変わる。
控室の隅、控えめな少女が一人、俯いている。
コーデリアは静かに歩み寄った。
「その髪型、似合ってないわ。顔が余計に丸く見えるもの。よくそれで外に出ようと思えますね。みすぼらしい」
「……っ」
「あなたって本当に、なにをやらせても中途半端。よくそれで王子の目に留まろうなんて面白いわ。身の程ってわかる?」
静かな言葉に、周囲の令嬢たちがクスクスと笑う。
「どうしてみんな、あなたの味方をしないのかしら。おともだち、いらっしゃらないのかしらね、惨めだこと。」
言葉の刃は、誰かの心を切り裂くたびに、自分の地位を高く築き上げていった。
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——そして、今。
現在のコーデリアは、崩れそうな気持ちでその光景を見つめていた。
「これは…私? 本当に、こんなこと……」
すると、闇の奥から声が響く。
『これは、“影響を強める”あなたの力が、歪んだ形で働いた結果』
「影響を……強める?」
『そう。この世界線では、あなたは満たされなかったあなた自身の心の闇に飲まれてしまったの』
「じゃあ……かならずしもこうなるってわけではないの…ですか?」
『ええ。今のあなたなら、おそらく大丈夫。誰かのためを思って手ずから香り袋を縫ったその手を見てごらんなさい』
『言葉で人を傷つけるのではなく、癒す力があることを、あなたはもう知っている』
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白い霧の中、もう一人の“悪役になったコーデリア”が、ゆっくりと背を向けて歩き出す。
その背が徐々に溶けるように、霧に消えていく。
「あなたの心が変われば、未来は変わる。未来は不確定なのよ」
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——目が覚めたとき、コーデリアの頬には、一筋の涙が伝っていた。




