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悪役令嬢、前世は優しいおばあちゃんでした!ー連載版  作者: ちょこだいふく


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19/90

春の風

春の陽射しが揺れる市場の通り。

果物の甘い香りと、焼きたてのパンの香ばしさが混ざり合い、人々の声がにぎやかに響いていた。


「わあ!苺が出てる! 春の苺は、香りが濃くて美味しいのよね」


コーデリアが目を輝かせてつぶやくと、アレッサンドロがくすっと笑う。


「苺より先に、あの人に目が行ってたみたいだけど知り合いかい?」


兄の指差す先――古びた木の屋台に、年配の男が立っていた。

肩を落としたような姿勢で、だが一つ一つの品物は丁寧に並べられている。

頬のしわは深く、口元はへの字に固く閉じられていた。


「……あのおじいさま、会ったばかりの頃はもっと無愛想だったのよ。でも今は、ほんの少し柔らかくなったの」


コーデリアは微笑みながら、そっとその店へと歩み寄った。


「こんにちは。今日の干しリンゴも、いい香りですね」


老人がゆっくりと顔を上げる。

その瞳が、はっと見開かれた。


「……こりゃ……コーデリア様か。まったく、顔を見るだけで春が来たみたいだ」


「まぁ、お上手ね。じゃあ、お礼代わりに春風を届けに来たと思ってくださいな」


コーデリアがにこやかに笑いかけると、老人は口の端をわずかに緩めた。


「このあいだのびわの葉の話、本当に助かったよ。腰を悪くして動けなくなった時に、コーデリア様が言ってたあのびわの葉を煮出した湿布…かなり効いたんだ。驚いたよ」


「そう……よかったわ。腰を痛めると動きたくなくなるし、そうすると心もふさぐでしょう?」


老人の瞳が、どこか遠くを見つめる。


「……女房がな、去年の冬に先立って。それから、朝も夜も黙って果物ばっかり並べてるうちに、誰とも話さなくなってた。なんだか、声の出し方も忘れてしまいそうでな」


コーデリアは、そっと屋台の端に手を添えた。


「おじいさま、人は歳を重ねれば重ねるほど、『あんたがいると助かるよ』って言ってもらえることが大事なのよ。

誰かに頼られて、必要とされて――そして、可愛がられるってこと。とっても大事」


そう言って、いたずらっぽく片目をつむってウインクする。

老人は吹き出しそうになったのをこらえ、咳払いをひとつした。


「……可愛がられる…か。わしが?」


「ええ。ふふっ、意外とあなたの顔って、愛嬌があるもの」


「こりゃまいった…。コーデリア様にそう言われちまったら、そりゃ嬉しいもんだな」


老人が、少しだけ照れくさそうに笑うと、袋に干しリンゴを詰め始めた。


「一袋いただいていこうかしら。今日のおやつにね。あ、でも、甘すぎないのを選んでくれたら嬉しいな」


「任せときな、コーデリア様」


干しリンゴの袋を手渡すその声が、さっきよりずっと柔らかくなっていた。


そのとき、隣の屋台から陽気な声が響く。


「まぁまぁまぁ、コーデリア様! またとなりの頑固じいさんが、コーデリア様の優しさにほだされてるってわけね!」


声の主は、色とりどりの布や刺繍入りの小物を並べた屋台の女店主。

ふくよかな体に、赤いスカーフを頭に巻いて、にこにこと笑っている。


「お久しぶりです、おばさま。今日のリボンもかわいいですね」


「まあ、ありがと。今朝、嫁が新しく編んでくれたの。お洒落しないとこの商売、目立ってなんぼですからねぇ」


コーデリアがくすりと笑って「素敵な心がけです」と返すと、おばさんはちらりと隣の老人を見て、声をひそめた。


「それにしても……このじいさんが、コーデリア様と話してるときだけは、ほんとに穏やかな顔になるんだから。普段は、誰かが手伝おうとしても“触るな”“放っとけ”って、絵本に出てくる意地悪爺さんみたいな顔してるくせにさ」


「ふん。余計なお世話だ」と老人は鼻を鳴らしながらも、どこか居心地悪そうに頬をかいた。


コーデリアはふふっと笑い、二人に視線を向ける。


「人ってね、誰かが少し心を開いてくれるだけで、ずいぶん変われるのよ。

意地を張って“平気なふり”をしてたって、本当はちょっとだけ誰かに『大丈夫?』って聞いてもらいたい時もあるもの」


おばさんが深く頷く。


「わかるわぁ…わたしも若い頃は、何でも一人で背負い込んで失敗ばっかしてたっけ。助けてって言うのも、頼るのも、ちょっとした勇気が要るのよねぇ」


「でもね――」

コーデリアはそっと、二人の顔を見てから続けた。


「その勇気があるって、実はとっても格好いいことなの。だから、おじいさまも…これからはもう少し周りに頼ってみて」


「……ふん。コーデリア様に言われたら、そうしないわけにもいかねぇな」


しぶしぶ、というふうを装いながらも、どこか嬉しそうな声。

おばさんがにやりと笑ってすかさず言う。


「ふふ、じゃあ明日から、荷運び手伝ってやるよ。

ほら、年寄りは甘やかされるくらいがちょうどいいって、さっきあんた言ってたじゃない?」


「……言ったのは、コーデリア様だ」


「でも、うれしそうだったじゃないの」


そんなやりとりに、コーデリアは手を口元に添えて、くすくすと笑った。

老人の耳が、ほんの少し赤くなっている。


アレッサンドロがその光景を見て、ぽつりとつぶやいた。


「……すげぇな、お前。ほんとに、まるで街が変わっていくみたいだ」


「ふふっ……大げさよ。でも、ね」


コーデリアは春の風に髪をなびかせながら、どこか遠くを見るような目で言った。


「大切にされた経験って、人の中にちゃんと残るの。

それが一粒ずつ、少しずつ積もっていったら、きっと心はまた柔らかくなる。

……わたし、そう信じてるのよ」


「……信じてる、か」


「ええ。だって、わたしも、誰かにそうしてもらえてきたから」


アレッサンドロと並んで歩く帰り道、コーデリアはそっと干しリンゴの袋を抱きしめた。


「今日も、いい日だったわね」


「お前がそう思えるなら、きっとそうなんだろうな」


そう言って微笑んだ兄の声に、春の風がやさしく頷いた。


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