コーデリア現象?
陽の光がやわらかく降り注ぐ昼下がり。
アレッサンドロは、メイドから聞いた話をまだ半信半疑のまま、馬車の窓越しに街の様子を見下ろしていた。
「“コーデリア様ごっこ”?…なにそれ。挨拶をちゃんとする遊びって、どんな遊び…?」
隣では、コーデリアが窓の外を眺めながら楽しそうに微笑んでいる。
「お兄様、久しぶりの街はどう? いいお天気でよかったわね」
「…ああ。あいかわらず、庶民の活気はすごいな!」
馬車が街の広場に近づくにつれて、人の数が増えていく。
市の日とあって、通りは子どもや買い物客でにぎわっていた。
馬車が止まると、コーデリアはスカートの裾をつまんで、ひらりと軽やかに降り立つ。
その瞬間――
「わっ、コーデリア様だ!」
「ほんとだ!知恵袋のコーデリア様!」
「この前、お祖母ちゃんが助けられたんだよ!」
わっと人だかりができた。
子どもたちは目を輝かせ、大人たちも微笑みながら帽子を取って挨拶する。
「お日さまの下では、笑顔が一番!…でしたよね?」
「“ありがとうは魔法の言葉”って言うんだよ!」
アレッサンドロは、ぽかんと口を開けたまま立ち尽くしていた。
「……本当に流行ってるのかこれ……?」
パン屋の店先では、焼きたてのバゲットや丸パンが香ばしく並んでいる。
奥から出てきた店主の奥さんが、笑顔で声をかけた。
「まあまあ、コーデリア様! あら、ご一緒なのは…アレッサンドロ様じゃございませんか?よろしければ、新作のパンをお持ち帰りくださいな。コーデリア様のアドバイスしてくだすった例の“玉ねぎパン”を出して以来、お客様がずっと増えているんです。感謝してます」
コーデリアはにこっと微笑んで、小さくお辞儀をする。
「ありがとう。とってもいい香りね。今日のおやつにしましょう、お兄様」
アレッサンドロはようやく我に返り、微妙にぎこちなく頭を下げた。
「…ありがとうございます。いただきます。ええと…“飴色玉ねぎ”……?」
「ね、すごいでしょ?」
コーデリアがくすくすと笑う。
広場の噴水のそばで、通りすがりの若者が笑いながらつぶやいた。
「“コーデリア様の言葉を思い出せば、大抵の喧嘩はおさまる”って、うちの店じゃ合言葉ですよ」
アレッサンドロは思わず周囲を見渡す。
誰もが敬意と親しみを込めて"知恵袋のコーデリア様"と呼んでいる。
それは流行でも話題作りでもなく、日々の中で彼女が積み重ねてきた、小さな善意の連鎖の結果だった。
「……お前、本当に、すごいな」
アレッサンドロは思わずつぶやく。
その声に気づいて、コーデリアがぱっと明るい顔で振り返った。
「ふふ、ねえお兄様。最近この通りの角に、小さなカフェができたの。テラス席もあってね、ちょうど今くらいの時間がいちばん気持ちいいそうよ。寄っていかない?」
「……そうだな。お前のおすすめなら、きっと外れはないんだろう」
「ふふっ、実際に行くのは初めてなんだけどね」
コーデリアはそう言って笑いながら、アレッサンドロの手をとった。
その手は小さくて温かく、まるでこの街ごと彼女が少しずつ変えていったような、確かな力を宿していた。
人々に見送られながら、二人はゆっくりとカフェの方へ歩いていく。
午後の陽射しに照らされた石畳が、静かにきらめいていた。




