お勉強
「コーデリア様、それは“ミルドリーフ”。風邪の引き始めに煎じて飲むと、体がぽかぽかしますのよ」
家庭教師のマダム・カトリーヌが、やさしく語りかける。
机の上には、香りの違う薬草がいくつも並べられていた。
コーデリアは真剣なまなざしでそれを見つめ、小さな手で丁寧に触れながら、ノートにゆっくりと字を書いていく。
「風邪のとき、これを入れたお茶を出してあげたら、きっと喜ばれるわよね。……私、前の人生では、喉が痛いときに大根と蜂蜜でシロップを作ってたの。似てるかも」
カトリーヌは、コーデリアのつぶやきにくすりと笑った。
「お嬢様、5歳とは思えないほど、おばあ……いえ、しっかりしてらっしゃいますね」
「ふふ、よく言われます。でもまだ全然知らないことばかり。前は“覚えるのが遅くなったなあ”って思ってたけど、今は何でも吸い込むみたいに頭に入ってくるの。……勉強って、楽しいのね」
そう言って、コーデリアは薬草の香りをそっと鼻に近づけた。
「この香りも、いつか“懐かしい”って思える日が来るかもしれないわね。だから今のうちに、ちゃんと覚えておきたいの」
その言葉に、カトリーヌはふと胸を打たれた。
“今のうちに覚える”。それは年寄りの知恵であり、幼い少女のまっすぐな思いでもある。
机に差し込む春の光の中で、小さな学び舎は静かに満ちていった。
その日の夕暮れ。
屋敷の食堂では、豪奢なシャンデリアの下、家族三人の食卓が穏やかに進んでいた。
銀のナイフとフォークが、控えめな音を立てる。
「コーデリア、今日は何を学んだの?」
母親のレイナが、やさしく問いかける。
コーデリアはスープのスプーンをそっと置くと、背筋を伸ばして答えた。
「今日は薬草の名前をたくさん覚えましたの。たとえば、“ミルドリーフ”っていうのは風邪の引き始めに使うの。お茶にすると体がぽかぽかになるんですって」
「へぇ、薬草なんて、少し難しかったんじゃないのかい?」
父・ギルバートが少し驚いたように言う。
コーデリアは首を振った。
「ううん。むしろ楽しかったの。香りをかいで覚えたり、葉っぱの形で見分けたりして……。何に効くのか知るたびに、“あ、これ困ってる人に使えるかも”って思って、どんどん知りたくなっちゃうの」
そう言って、少し恥ずかしそうに笑う。
「それにね、前の人生でも、のどが痛いときに蜂蜜大根を作ったりしてたから……なんだか懐かしい気持ちにもなったの」
レイナとギルバートは顔を見合わせ、思わず頬をほころばせた。
「まあまあ、さすがコーデリア。誰かのために覚えようと思えるなんて……それが本当の“お勉強”ね」
「ふふ。でも無理に覚えようとは思ってないのよ。ただ、“誰かが困ってるときに、すっと手を伸ばせる人になりたいな”って、それだけなの」
その言葉に、父と母はしばらく黙ってしまった。
小さな娘の中に宿る、静かで確かな思いやり。
それが“前の人生”から引き継がれたものだと、二人は知っていた。
けれど同時に、それを今のコーデリアが大切に育てていることも、ちゃんと伝わっていた。
その日の夕食は、いつもより少しだけ、心に沁みる味がした。




