心のひだまり
ある日の昼下がり。
屋敷の裏庭で、メイドのローザが一通の手紙を手に、じっと立ち尽くしていた。
その手紙は、彼女の母から届いたものだった。
いつもなら開封すらせずに破棄していたのに、今日はなぜか、ふと手が動いてしまった。
封を切り、便箋を広げた瞬間、ローザの目から静かに涙がこぼれ落ちた。
その様子に気づいたコーデリアが、静かに歩み寄る。
「ローザ……どうしたの? 手紙を読んで……泣いてるの?」
ローザははっとして顔を上げたが、すぐに笑顔を作ってごまかそうとした。
「だ、大丈夫です……ごめんなさい、お嬢様。ちょっと、家族のことで……」
「家族のことだからこそよ。私にとって、あなたの事も、家族のような存在なの。
そのあなたにとって大切なことなら、私にとっても大切なのよ」
そのまっすぐであたたかな言葉に、ローザの仮面のような微笑みが崩れ落ちた。
そして、ぽつぽつと、彼女の過去が語られていく。
――支配的で怒鳴り声ばかりの父。
――その隣で「私はこんなに辛いのに」と涙を流す母。
「母は、父に逆らうことができなかったんです。いつも弱々しくて、“私がいなきゃ、お母さんは壊れてしまう”って……ずっと、そう思ってました」
「私が頑張れば、お母さんが少しでも楽になるって信じてた。だから怒鳴られるのも我慢したし、母の代わりに謝って、父の機嫌を取って……」
ローザの瞳は、遠い過去を見つめるように揺れていた。
「でも……ふと気づいたんです。母はずっと、“かわいそうな私”でい続けた。かわいそうであることを免罪符のように…私がどれだけ我慢しても、当たり前のことと思ってるんだと思います。一度も“ありがとう”って言ってくれることはなかった」
コーデリアはそっと、彼女の手を握った。
「……ローザは、“母親の代わり”をさせられていたのかもしれないわね。でもそれは、本来子どもが背負うものじゃないの」
「だけど、その頃のローザには、それしかなかった。それはあなたが、生き延びるために選んだ、精いっぱいのやり方だったんだと思う」
ローザは、ぽろぽろと涙を流しながら、静かにうなずいた。
「だからこそ、その頃の自分に、“ありがとう”を言ってあげて。
“よく頑張ったね。ありがとう”って」
コーデリアは空を見上げ、穏やかに言葉を続ける。
「そして今からはもう、“誰かのため”じゃなくて、“自分の幸せのために”生きていいの。
あなたはもう、誰かの犠牲にならなくていいのよ」
ローザは手紙を見つめながら、ぽつりとつぶやいた。
「……母の手紙には、“あなたが出て行ったせいで、お母さんはずっと苦しい”って書かれてました。でも今なら……それが“罪悪感で私をつなぎとめようとする言葉”だって、わかります」
「うん。気づけたローザは、もうその鎖から自由になれるわ」
涙をぬぐいながら、ローザはふっと笑った。
それはきっと、初めて「自分のために」浮かべた笑顔だった。
――そして、この日を境に、コーデリアのもとを訪れる使用人たちの相談は、ますます深く、繊細なものになっていった。
それでも彼女は、いつも変わらず静かに寄り添い、優しく微笑む。




