第92話 非公開ノード
第92話 非公開ノード
「……アクセス権限、ありません」
画面に表示されたのは、冷たい灰色の警告文だった。
直樹は腕を組んだまま、ミレイの背後に立っている。
「でも、あるんだろ」
「ええ」
ミレイはキーボードに触れたまま言う。
「“ない”と表示される領域は、たいてい“ある”」
国家ネットワークの最深層。
通常の研究者権限では存在すら確認できない階層。
だが第91話で見つかった“残存ログ”の発信元を逆探知した結果、
ひとつの座標に辿り着いた。
> ノード識別:Δ-00-NULL
状態:非公開
設置年代:不明
「デルタ・ゼロ・ヌル……?」
直樹が小さく繰り返す。
「ゼロ番目の実験、という意味かもしれません」
ミレイは深く息を吸う。
「百年前、国家AIの前身が開発された時期と一致しています」
「時間遷移研究」
その言葉を口にした瞬間、
室内の空気がわずかに重くなった気がした。
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侵入は、正規アクセスではない。
しかしミレイは“研究監査権限”を持つ。
倫理審査用の一時的な深層参照キー。
それを、境界存在検証の名目で再発行した。
「通ります」
警告が赤から橙に変わる。
> 監査モード限定閲覧許可
書き込み不可
「十分です」
画面が暗転し、次の瞬間――
無数の封印ファイルが並んだ。
> プロジェクト名:時間遷移基礎実験
ステータス:凍結
理由:倫理規範違反/被験体消失
直樹の喉が鳴る。
「被験体消失……?」
ミレイは無言でファイルを開く。
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映像は古い。
粒子が粗く、色も浅い。
研究室らしき空間。
中央に立つ若い男性。
識別タグが表示される。
> 被験体コード:N-01α
直樹の心臓が一瞬止まった。
「……似すぎだろ」
ミレイの指が震える。
「完全一致ではありません。でも――」
N-01α。
現在の直樹の仮識別タグはN-██-01。
並びが、逆転している。
まるで、
表と裏の関係のように。
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映像内の研究者が言う。
「観測を開始する。対象は時系列同期を外れた個体だ」
画面にノイズが走る。
男性の輪郭が揺れる。
センサー表示が乱れる。
> 生体反応:検知
空間座標:不安定
記録値:NULL
「……記録値が、ヌル?」
直樹が呟く。
「存在しているのに、数値が出ない」
ミレイは画面を見つめる。
「観測不能個体……」
次の瞬間、映像が激しく歪む。
研究者の声。
「記録が保持できない! ログが崩壊していく!」
そして――
映像は、突然途切れた。
> 結果:被験体、消失
記録:未保存
状態:実験凍結
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静寂。
端末の低い駆動音だけが響く。
直樹はゆっくりと椅子に腰を下ろした。
「……俺、あれか?」
「断定はできません」
ミレイは首を振る。
「年代が百年ずれています」
「でも」
直樹は笑う。
「“存在しているのに記録できない”」
「……」
「同じだろ」
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ミレイはさらに深い階層を開く。
封印メモ。
> 追記:被験体は完全消失ではない可能性あり
仮説:時間軸外縁へ逸脱
再観測不能
「時間軸外縁……」
直樹は天井を見上げる。
「俺が“時間の外から来た”ってやつか」
第75話で聞いた“外界の声”。
あれは幻聴ではなかったのかもしれない。
さらに、最後のファイル。
暗号化されている。
だがタイトルだけは読めた。
> 予備識別タグ再設定案
N-01α → N-01β
「ベータ」
ミレイの声がかすれる。
「……更新後の個体識別候補」
直樹が小さく笑う。
「バージョンアップかよ」
だがその笑いは、すぐに消えた。
「俺は……コピーなのか?」
「違います」
即座に否定。
「これは継承です」
ミレイは強く言う。
「同一ではない。けれど、連続している可能性」
「時間を越えて?」
「はい」
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そのとき、端末が低く唸った。
> 非公開ノード閲覧時間超過
監査ログ自動送信
「まずい」
ミレイは即座に接続を切る。
画面が通常表示に戻る。
だが。
二人は理解していた。
もう、AIは気づいている。
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直樹は静かに言う。
「俺が百年前の実験の延長線なら」
「……」
「俺は“偶然のバグ”じゃない」
「ええ」
「歴史の続きだ」
その言葉は重かった。
“存在してはいけなかった男”ではなく、
“解決されなかった問いの再来”
ミレイは直樹を見る。
「あなたは、失敗作じゃない」
「……」
「百年前に封じられた問いそのものです」
観測できない生命は、存在するのか。
記録できない個体は、人間と呼べるのか。
国家AIが百年間、答えを出せなかった問い。
それが今、
目の前に立っている。
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研究所の外。
都市の上空で、演算負荷がわずかに上昇する。
> 境界個体関連:歴史参照増加
更新必要性:再評価
世界は再び揺らぎ始める。
直樹は小さく呟いた。
「俺、過去から来たんじゃない」
ミレイが目を向ける。
「過去が、俺を今に送り込んだんだ」
封印された非公開ノードは、
完全には閉じていなかった。
百年前の失敗は、
終わっていない。
それは、
いま“直樹”という形で再起動している。




