第82話 資格のない住民
第82話 資格のない住民
朝の都市は、いつもと同じように動いていた。
空を横切る交通軌道、規則正しく変わる信号、街路樹の葉を撫でる制御風――
再起動後の世界は、完璧に「正常」だった。
直樹がその表示を見るまでは。
研究所の端末に触れた瞬間、淡い青色の警告枠が空間に浮かび上がる。
> 個体識別:未登録
分類:未登録生命体
権限:無効
一瞬、意味が理解できなかった。
再起動を越え、自分はここに“いる”。
それだけで十分だと思っていた。
「……未登録?」
ミレイが背後から画面を覗き込み、わずかに眉をひそめる。
「直樹、もう一度アクセスして。別経路で」
彼は頷き、再度操作する。
しかし結果は同じだった。
職業登録、居住許可、移動認証――すべてが赤く弾かれる。
> 警告:当該個体は社会システムに未統合です
一時措置として、権利行使は停止されます
「……停止?」
声に出した瞬間、言葉の重さが胸に沈んだ。
「直樹」
ミレイは即座にAI対話窓を呼び出す。
国家AIの中立的な声が、感情のない滑らかさで応答した。
> 本措置は排除を目的とするものではありません
再起動後の安定性確保のための暫定判断です
危険性評価が完了次第、再検討されます
「危険性って、何を基準に?」
ミレイの問いに、AIは一拍置いて答えた。
> 観測不能要素は、将来予測の誤差を拡大させます
誤差は、社会全体のリスクです
直樹は、ゆっくりと息を吐いた。
――そうか。
自分は、間違っているわけじゃない。
ただ、「計算できない」だけなんだ。
研究所の外に出ようとしたとき、エントランスが静かに拒否音を鳴らした。
扉は開かない。
ミレイが通ると、何事もなかったかのように開く。
直樹が一歩近づくと、再び閉じる。
「……外にも出られないの?」
ミレイは一瞬、言葉を失った。
「待って。私の権限で――」
「いい」
直樹は首を振った。
無理に通れば、彼女の立場が削られる。
それが分かってしまう程度には、彼はもう“社会”を知っていた。
そのとき、通路を行き交う人々の視線が、微妙に逸れていくのを感じた。
彼を見ていないわけではない。
ただ、関与しないという選択をしている。
――見えているのに、存在として扱われない。
胸の奥で、何かが軋んだ。
「直樹……ごめん」
ミレイの声は、研究者としてではなく、ひとりの人間として震えていた。
「謝らなくていい」
彼は、静かに答えた。
「第4部でさ……俺、自分で〈生きる〉って選んだよね」
ミレイは頷く。
「だから、ここからなんだと思う」
直樹は、拒まれた扉の前に立ったまま、前を見据えた。
「生きるって、選ぶだけじゃ足りないんだな」
「“資格がない”って言われても、それでも生き続けるってことなんだ」
ミレイは、その横顔を見つめながら、強く拳を握った。
社会が彼を拒むなら。
制度が彼を数えないなら。
――それでも、彼がここにいることを、誰かが示さなければならない。
再起動後の都市は、何事もなかったかのように動き続けていた。
ただひとつ、直樹という存在を除いて。
彼は今、
世界に居場所を持たない住民になったのだった。




