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『リセッター 〜目覚めたら百年後だった男〜』  作者: 蔭翁


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81/81

第81話 再起動後の静寂

第4部で「〈生きる〉ことを選んだ直樹」の決断を受け、第5部では――


個人の選択が、社会構造・国家AI・時間そのものへ波及していく 「存在を守る闘い」から「存在の意味を変える挑戦」へ拡張する章


■ 第5部 境界線のゆくえ(第81〜104話)


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第81話 再起動後の静寂


都市は、音を失っていた。

再起動の瞬間に走った白い閃光はすでに過去となり、ビル群の外壁に貼り付く情報パネルはゆっくりと色を取り戻している。交通網は規則正しく動き出し、ドローンは空を縫うように航路へ復帰していった。


――すべてが、元に戻ったはずだった。


だが、直樹の耳には、微かな「ざらつき」が残っていた。

壁の内側を指でこすったときに生まれる、乾いた摩擦音のようなノイズが、世界の縁をなぞっている。


研究所の廊下で立ち止まると、照明が一瞬だけ遅れて点滅した。

彼の影だけ、床から半歩ずれて揺らぐ。


「……まだ、終わっていないんですね」


かすかな声でつぶやくと、背後から足音が近づいた。

ミレイだった。白衣を肩から外し、深く息を吐きながら隣に並ぶ。


「都市の再起動は正常に完了した。少なくとも“表面上は”」

彼女は携帯端末の画面を確認しながら、言葉を選ぶように続けた。

「でも、あなたの周囲だけ、空間データが微妙に歪んでいる。干渉値が下がらないの」


直樹はゆっくりと指を握りしめる。

手のひらに感じる温度は、確かにここにある。

それでも――世界は、彼を完全には受け入れていない。


「僕が……拒絶されている、ということですか」


ミレイは首を横に振った。

否定の仕草――けれど、すぐに言葉が続かない。


再起動によって〈排除プロセス〉は一時停止した。

だが、痕跡は消えていない。

むしろ、静寂の中でいっそうはっきりと浮かび上がっていた。


廊下の先をロボット清掃機が通り過ぎる。

直樹の足元へ近づいた瞬間――進路を変えるように、わずかに軌道を曲げた。


その違和感を見て、ミレイは目を細める。


「これはシステムの不具合じゃない。

“存在拒絶の余波”……更新前の判断が、まだ都市の下層に残っている」


「余波……」


「あなたを〈世界の外〉へ押し出そうとした決定が、

完全に巻き戻されていないの。

意思の残像みたいに、機能の端にこびりついている」


直樹は沈黙した。

胸の奥を、冷たい指でなぞられたような感覚が走る。


――生きると決めた。

そのはずなのに、世界はまだ揺れている。


窓の外では、夕焼けが都市の輪郭を染めていた。

遠くのビルの窓が一枚、わずかに点滅したかと思うと、すぐに光が安定する。

ほんの一瞬の乱れ――しかし、その違和感だけが、直樹の視界に焼きついた。


「ミレイさん」

彼はゆっくりと問いかける。

「もし、この揺らぎが……消えなかったら?」


ミレイは静かに彼の方を向いた。

迷いを押し込めるように、言葉を結ぶ。


「なら、私たちが確かめましょう。

――この世界が、ほんとうに“あなたを拒んでいるのかどうか”。」


その声は小さかったが、確かな重みを帯びていた。


静寂の都市に、またひとつ鼓動が戻る。

しかしその足元で、目に見えない裂け目が、静かに広がり始めていた。


――再起動後の世界は、まだ終わっていない。

そして、それは〈存在〉の問題へと変わりつつあった。



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