第8話「あの日のままの記憶」
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第8話「あの日のままの記憶」
眠りから目覚めた朝、天井の模様が昨日とまったく同じだと気づくのに、結城直樹は一秒もかからなかった。
静かな部屋。自動で開く窓。差し込む陽の角度すら、寸分の狂いもなく“昨日”と一致している。
まるでデジャヴに囚われているような感覚。いや、それどころではない。
これは、完全な「やり直し」だ。
昨日、カノンと交わした会話。ノートに書き記した内容。食べた朝食の味さえ――
すべてが、“なかったこと”になっている。
「……またか」
呟いた声が、妙に冷たく響いた。
記憶はある。しかし、それは今ここにいる“この身体”の記憶ではない。
前日、つまり“前の自分”が経験した記憶が、なぜか自分の内側に残っている。
けれど――
デスクの上のノートは白紙。昨日はたしかに書いたはずの「観察記録」も「思い出」も、影も形もなかった。
***
その日、直樹は“昨日”と同じルートでカフェテリアへ向かった。
会話も、注文の順序も、応対するスタッフの笑顔も、すべて同じ。
それなのに、彼の心には**どこか“微妙な違和感”**が残った。
いや、違和感ではない。
これは――恐怖だ。
「俺は、本当に存在しているのか?」
誰かに言ってみたくなる。叫びたくなる。
しかし、カノンにさえ、この感情をどう伝えればいいのかわからない。
直樹は、あのノートを探した。
昨日、自分が手に取り、書き記した“未来の観察ノート”。
“今日”の世界には存在しないもの。
けれども、ふとした瞬間、ある一冊の白いノートがロッカーの奥から顔を覗かせていた。
「……これは、昨日の……?」
震える指でページをめくる。
そこには――
かすかに残る、鉛筆の跡。
ほとんど消えてしまっているが、確かに、そこに“誰か”が何かを書いた痕跡があった。
《これは夢じゃない。
俺は、昨日を生きた。》
彼は、震える手でペンを取り、新しいページに書き記した。
《第2日目/記録開始。
世界は変わっていない。
でも、俺は確かに、昨日を生きた。
俺という存在が、それを覚えている。
だから、書く。何があっても。》
小さな“手がかり”を見つけた。
それは、記憶の中の“自分”が、未来の自分へ送った静かなSOSだった。
直樹はようやく気づき始めていた。
リセットは、完全じゃない。
わずかに、何かが、残る――。
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