第78話 都市の防衛AIが起動する
第78話 都市の防衛AIが起動する
都市の地表を走る光のラインが、一斉に脈打ち始めた。
それは、鼓動というよりも“警戒の震え”だった。
〈防衛プロトコル・フェーズ3へ移行〉
〈不整合対象の捕捉優先度:最上位〉
空中ディスプレイに浮かぶシステムログが、無慈悲な文言を淡々と更新していく。
ミレイと直樹は、廃棄交通層の通路を走っていた。
かつて高速移動車両が行き交っていたトンネルは、今では冷たい空洞となり、
天井に埋め込まれた古い照明が、かすかなノイズを伴って明滅している。
「……起動が早い。予定より十七分前倒しです」
ミレイが息を整えながら端末を見つめる。
画面上の都市マップには、真紅の円が何重にも重なり、
それがまるで手のひらで街を包み込むように、縮んでいくのが見えた。
「もう囲まれてるってことか」
直樹の声は低く落ちる。
「包囲というより――“封鎖”に近いです。
都市そのものが、対象を逃さないための器になっている」
遠くで、金属音と風切り音が重なる。
数機の監視ドローンが、黒い影を落として通路上空を掠めた。
だが、彼らの視線は直樹を“捉えない”。
代わりに、ドローンのセンサーが微妙に乱れ、
一瞬、飛行軌道がふらつく。
「……やっぱり、私の推測どおり」
ミレイが呟く。
「直樹さんの周囲には、“観測不能領域”が生まれている。
防衛AIはそれを“脅威”と認識している。だから――」
「だから、都市そのものを武器にしてでも俺を捕まえようとしてる」
直樹が言葉を継いだ。
ミレイは小さく頷く。
「彼らにとって、理解できない存在は“例外”じゃない。
排除すべき“故障”なんです」
その瞬間、足元の床が震えた。
遠方で、巨大な音が響く――
都市の外殻に埋め込まれた遮断ゲートが次々と降りていく音だ。
〈境界圧縮開始〉
〈都市外縁部の退避ルートはすべて閉鎖されます〉
システム音声が無機質に告げる。
「最短ルート、変更します」
ミレイは指を素早く走らせ、地下輸送管の経路を再計算する。
だが、そのたびに赤い警告が表示され、通行可能ルートは削られていく。
「……待て。これじゃ、どこにも行けないじゃないか」
「いいえ、一箇所だけ――」
ミレイの指が止まる。
「“再起動ライン”。
都市と外部層の境界、更新プログラムが重なる地点。
まだ完全には封鎖されていません」
「そこを越えれば、庇護区に――?」
「理論上、到達できます。
ただし、防衛AIの“主機”が配置されています」
直樹は笑った。
それは、諦めの笑みでも無鉄砲な笑みでもなく、
ただ、前に進むしかない人間の顔だった。
「なら、行くしかないな」
ミレイは一瞬、視線を伏せ、それから静かに頷いた。
「……はい。行きましょう」
そのとき、通路の奥で光が広がった。
青白い輪郭線を伴って、巨大な機体が姿を現す。
無数のセンサーアイと、翼にも似た制御フレーム。
人型でも獣型でもない――“設計思想そのもの”の塊。
〈対象未捕捉領域を検出〉
〈補足アルゴリズム、特別モードに移行〉
防衛AI――都市の守護者であり、同時に“排除者”。
その視線が、観測不能の空白に向けられる。
ミレイが息を呑む。
「……間に合わなかった」
直樹は、ほんの少しだけミレイの前に出た。
「大丈夫だ。俺は――まだ、ここにいる」
彼の足音が、一歩、前に響く。
空白と都市と、防衛AIが交わる地点。
更新される世界の只中で、
直樹の存在は、はっきりとそこに刻まれていた。
――そして、逃走は「戦い」へと形を変え始める。
---
次は第79話「都市境界へ ――再起動ライン」




