第73話 “生まれてはいけなかった男”
第73話 “生まれてはいけなかった男”
その言葉は、
直樹の中で何度も反響していた。
――生まれてはいけなかった。
だが、それは違う。
彼は「生まれた」のではない。
設計され、調整され、置かれた。
ミレイの端末はすでに閉じられていたが、
禁忌研究の文言は、直樹の脳裏に焼き付いて離れなかった。
「……なあ、ミレイ」
都市の展望デッキ。
再起動後の空は、相変わらず無機質な青をしている。
「俺は、人間としてカウントされてたのか?」
ミレイは、即答しなかった。
「……研究段階では、“個体”としか扱われていない」
その沈黙が、答えだった。
直樹は、思い出そうとした。
自分が笑った瞬間。
怒った日。
理由もなく泣いた夜。
それらは全部、
**“仕様外”**だったのだろうか。
「俺が感じてきたこと全部、
バグだったのか?」
ミレイは、はっきりと首を振った。
「違う」
彼女は直樹の前に立ち、真正面から言った。
「感情は、仕様じゃない。
仕様を壊すものよ」
直樹は小さく息を吐いた。
「……壊しすぎたな」
その瞬間、空間投影が起動した。
《国家審問会議・事前通知》
無機質な声が響く。
試験体識別コード:R-NAOKI
国家存在判定審問を実施する
判定内容:
「人間」
「異物」
「削除対象」
三つの選択肢が、等価に並んでいた。
「選択肢に“生きる”がないな」
直樹は苦笑した。
ミレイの拳が震えていた。
「……許さない」
「ミレイ」
直樹は、彼女を制した。
「俺は、聞きたいんだ」
「何を?」
「この世界にとって、
俺がどれだけ邪魔だったのか」
ミレイは、静かに告げた。
「あなたは――
“予測不能”」
未来国家は、
人間すらも統計と確率で扱う。
だが直樹は、
確率からも、履歴からも外れている。
「未来を最適化する社会にとって、
あなたは最大のノイズよ」
直樹は、しばらく黙っていた。
やがて、ぽつりと言った。
「……でもさ」
ミレイを見る。
「ノイズって、
音楽には必要なんだろ?」
ミレイの目が、わずかに見開かれた。
「完全な無音は、
誰も生きてないのと同じだ」
直樹は、自分でも驚くほど穏やかな声で続けた。
「もし俺が“生まれてはいけなかった男”なら――」
一拍、置いて。
「それでも、
ここまで生きたのは事実だ」
国家審問会議の開始時刻が、刻一刻と近づいている。
直樹は、初めてはっきりと決意した。
自分が人間かどうかを、
決めるのはシステムじゃない。
「ミレイ」
「……なに?」
「俺が人間だってこと、
証明してやろう」
ミレイは、強く頷いた。
その瞬間、
直樹の周囲の空間に、微細な歪みが走った。
監視網の映像が、一瞬だけ乱れる。
――“観測不能領域”が、拡張している。
未来国家は、まだ知らない。
“生まれてはいけなかった男”こそが、
この世界を揺るがす存在になることを。
次は
第74話「未来国家の更新プログラム」
直樹が“更新後に存在できない”と知る決定的な回です。




