第72話 禁忌研究の残ねん
第72話 禁忌研究の残ねん
再起動前ログの最下層データは、通常の認証では開けなかった。
「……封印レベルA?」
ミレイは小さく息を呑んだ。
未来国家において、この等級が付与されるのは――
存在そのものが“語られてはいけない”研究だけだ。
「直樹。
これから見るものは、あなた自身を壊すかもしれない」
「もう、壊れてないと思ってる?」
直樹は淡々と答えた。
ミレイは一瞬だけ目を閉じ、解除キーを打ち込んだ。
《禁忌指定研究記録》
プロジェクト名:
時間遷移・自己観測干渉実験(通称:リセッター計画)
直樹の心臓が跳ねた。
「……リセッター?」
「ええ。
あなたが“そう呼ばれていた理由”」
記録は、百年前の世界が抱えていた“恐怖”から始まっていた。
――人口減少。
――労働崩壊。
――未来予測の限界。
未来を“正しく設計”するため、
人類は一つの結論に至る。
未来を観測できる人間を作る。
だが単なるタイムトラベルでは、
観測者自身が未来に干渉し、データが歪む。
そこで考案されたのが――
「観測者自身を毎日初期状態に戻す」
「……それで、俺は……」
直樹の声が震えた。
ミレイは静かに頷く。
「あなたは、
“記憶を保持しないまま未来を生き続ける観測装置”として設計された」
画面に映る実験ログ。
観測対象は睡眠後、必ず前日の状態へ戻る
身体・脳細胞・記憶の完全初期化
ただし“時間経過そのもの”は蓄積される
「……じゃあ、俺が百年生きてたのに、
自覚がなかったのは……」
「仕様よ」
その言葉は、残酷なほど冷たかった。
だが、さらに残酷な一文が続いていた。
※第47試験体より、
“初期化不能領域”の発生を確認
「これ……」
ミレイが読み上げる。
「“人間としての自我が、初期化に抵抗を始めた”」
直樹の喉が詰まった。
「……失敗作、ってことか」
「ええ。
本来なら、あなたは廃棄される予定だった」
だが、計画はそこで止まらなかった。
画面には、最終判断が記されていた。
再起動処理と同時に、
試験体を時間遷移装置内へ残置
観測不能状態として世界外へ隔離する
「……それで、俺は“外”に」
「そう。
あなたは廃棄される代わりに、“世界の外”へ押し出された」
直樹は静かに笑った。
「優しさでも、慈悲でもないな」
「ただの……
責任放棄よ」
ミレイは、最後のログを開いた。
そこには、研究責任者の個人メモが残されていた。
人間は、
記録装置にはなれない
この個体は、
すでに“人間”になりすぎている
直樹は画面から目を離せなかった。
「……なあ、ミレイ」
「何?」
「もし、俺が完全な失敗作なら――
なんで、まだ生きてる?」
ミレイは、静かに答えた。
「あなたが“失敗”だったからよ」
直樹は顔を上げる。
「完璧な装置なら、
再起動と同時に消えていた」
「でもあなたは、
人間として残ってしまった」
――それが、この世界にとって最大の誤算。
禁忌研究の残ねんは、
今も直樹の中で“動いている”。
そして未来国家は、
その誤算を修正しようとしている。
直樹は、初めてはっきりと自覚した。
自分は
“生まれてはいけなかった”のではない。
“作られてはいけなかった人間”なのだと。
次は
第73話「“生まれてはいけなかった男”」
直樹がこの事実と、真正面から向き合います。




