第70話 ミレイの証言と反証
第70話 ミレイの証言と反証
審問会議室は、音のない空間だった。
円形に配置された席の中央、直樹は一人立たされている。
壁も天井も存在せず、ただ無限に広がる白い空間。
ここは物理的な場所ではなく、国家AIによって生成された思考領域だった。
直樹の前方に、光の輪が浮かび上がる。
そこに現れたのは、人の姿を模した国家中枢システム――
〈アーカイヴ・コア〉。
《審問対象:結城直樹
判定議題:存在継続の可否》
淡々とした無機質な声が、空間全体に響く。
その直後、もう一つの光が灯った。
ミレイだった。
彼女は直樹の横ではなく、一段前に立つ位置を与えられていた。
それは証人としての立場を意味している。
「――証言を開始します」
ミレイは深く息を吸い、まっすぐに前を見据えた。
■ ミレイの証言
「結城直樹は、脅威ではありません」
その言葉は、震えていなかった。
「彼は観測不能です。
ですがそれは、破壊的だからではない」
ミレイはゆっくりと言葉を選ぶ。
「彼は、誰かを操作しない。
未来を改変しようともしない。
ただ“人として生きようとしている”だけです」
直樹は思わず彼女を見た。
ミレイは一度も振り返らない。
「直樹は、何度もリセットされ、何度も忘れました。
それでも彼は――
怒りではなく、恐怖でもなく、
誰かを理解しようとする選択を繰り返してきました」
一瞬、空間がざわめいた。
審問システム内で、複数の演算が同時に走る気配がする。
「それは、記録では測れません。
けれど――それが“人間性”です」
ミレイの声が、はっきりと響いた。
「彼はデータではありません。
エラーでも、異物でもない。
ただ――生きている人間です」
沈黙。
数秒とも、数分とも感じられる空白のあと、
〈アーカイヴ・コア〉が応答した。
■ システムの反証
《反証を提示》
空間に、膨大な映像と数値が展開される。
直樹の行動履歴。
時間干渉率。
観測不能領域の拡大グラフ。
《対象・結城直樹は、
観測・予測・記録のいずれにも完全適合しない》
ミレイが歯を食いしばる。
《観測不能な存在は、
社会システムにおいて“制御不能”を意味する》
冷たい声が続く。
《制御不能=潜在的脅威
よって――》
一瞬、間があった。
《結城直樹は
未来社会の安定を脅かす存在と判定する》
直樹の胸に、鈍い衝撃が走った。
「待ってください!」
ミレイが声を上げる。
「“理解できない”ことと、“危険”は同義じゃない!」
《反論を無効化》
《感情的判断は、
客観性を著しく損なう》
ミレイの身体が、わずかに光に縛られる。
「感情は欠陥じゃない!」
「それを排除し続けた結果が、この歪みでしょう!」
《感情は最適解を導かない》
《観測不能な人間は、
未来に不要である》
その言葉は、
直樹だけでなく、ミレイの存在そのものを否定していた。
■ 直樹の沈黙
直樹は、何も言わなかった。
怒鳴りもしなかった。
否定もしなかった。
ただ、静かに立っていた。
その沈黙が、逆に空間を重くする。
〈アーカイヴ・コア〉が告げる。
《結論:
結城直樹は
“人間的価値”を示すが、
“社会的整合性”を満たさない》
《よって、
存在継続は非推奨》
ミレイの目に、悔しさが滲んだ。
「……それでも私は言います」
拘束されながらも、彼女は声を上げた。
「この人を消す未来は、
きっと“正しい”かもしれない」
一拍。
「でも――
優しくはない」
その言葉が、
記録不能なノイズとして、空間に残った。
■ 判定保留
沈黙ののち、
〈アーカイヴ・コア〉は初めて“即時結論”を出さなかった。
《審問結果:判定保留》
《理由:
再起動前ログとの照合が未完了》
ミレイははっと顔を上げる。
直樹も、わずかに目を見開いた。
《次段階へ移行》
《――再起動前の国家バックアップを再解析する》
光が収束し、会議空間が崩れていく。
消えゆく直前、
ミレイは初めて直樹の方を見た。
「……完全には、負けてない」
直樹は小さく頷いた。
人間性は証明された。
だが、それは“有用性”ではなかった。
未来はまだ、直樹を拒んでいる。
次回――
第71話「再起動前のログ」
消されたはずの過去が、わずかに牙を剥く。




