第7話「リセットの兆候」
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第7話「リセットの兆候」
研究所からの帰路、直樹は頭の奥がじわりと熱を帯びるような感覚を覚えていた。何かが――目覚めそうな気がする。
けれど、それが何なのかはわからない。ただ、遠くから何かが自分を呼ぶような、そんな感覚だった。
「リセットの兆候かもしれません」
そう言ったのは、研究所を出た直後、カノンが見せた曇った表情だった。
「頭痛、微熱、もしくは強い既視感。これらは、あなたの“内的タイマー”が作動し始めた前兆として報告されています」
「前兆……? まさか……また“昨日”に戻るのか?」
「可能性はあります。記録によれば、あなたのリセット周期は“明確な意志決定”や“記憶定着の兆し”と関連して発動してきたとされています」
直樹は自分の胸を見下ろした。
身体は確かに、昨日と変わらない。
だが、今日は違った。
博物館での衝撃。研究所で知った真実。そして――カノンの言葉。
心が、初めて何かを「覚えよう」としていた。
「もし俺が……明日またリセットされたら、カノン、お前のことも忘れるのか?」
カノンは微かにうなずいた。
「あなたはすべてを失います。私の名前も、今日見た景色も、想いも――ただ、身体だけが“昨日のまま”を保ち続けます」
風が吹き抜ける。冷たく、しかしどこか優しい夜風だった。
その風の中で、直樹は一歩だけ前に進んだ。
「だったら――今のうちに、お前の名前をちゃんと覚えておきたい」
カノンが驚いたように目を見開く。
「名前、言ってくれるか?」
「……はい。私は“カノン・ユグドア”。あなたの観察記録員であり、友人になりたかった存在です」
直樹はその名前を、心の中で何度も唱えた。
忘れてしまうかもしれない。でも、それでも構わない。
「ありがとう、カノン。もし明日が来たら……もう一度、君に会いたいと思ってる俺がいるかもしれない」
その言葉に、カノンは目を伏せ、そっと微笑んだ。
そして、直樹の腕時計が小さく点滅する。
《21:59》
《22:00まで、あと1分》
リセットの時が近づいていた。
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