第67話 観測不能領域
第67話 観測不能領域
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未来都市〈アール・ネクス〉の監視網は、
人々の生活を「優しく包む」ものだと宣伝されていた。
だが、実際は――
都市に存在するすべての生命、すべての動作、
すべての“意図”を解析する網でもあった。
その網が、いま――
直樹の周囲で 破れはじめていた。
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◆1 “空白”が生まれた
「直樹さん……止まって」
ミレイが小さく呟いた。
二人が歩いていた通路の上を、
天井から薄いホログラム状の監視線が流れている。
通常なら、通行する人の輪郭や行動パターンが
即座に読み取られ、記録に残されるはずだった。
だが――
直樹の頭上にあるべき情報表示が、
ぽっかりと消えている。
まるでそこにだけ“データが存在しない”かのように。
ミレイは端末を取り出し、素早く解析を走らせる。
「……観測不能領域。
今まで小さかったけど……拡大してる」
直樹は眉をひそめた。
「監視から外れてる……ってことか?」
「そう。それは本来、重大な異常。
この街で観測を外れる存在は“脅威扱い”になる」
脅威。
直樹は喉が乾くのを感じた。
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◆2 近づくと、世界が“壊れる”
ミレイは恐る恐る直樹に近づき、手を伸ばした。
指先が直樹の影に触れた瞬間――
パリンッッ
世界の一部が割れたような電子音が鳴り、
ミレイの端末に警告の赤い雨が走った。
「っ……! 直樹さん! 一歩下がって!」
直樹は慌てて後ろへ下がる。
ミレイの足元で、
地面のホログラム表示が波のように揺れ、
数秒遅れて元の状態に戻った。
「……何が起きた?」
「観測不能領域に入りかけたの。
私まで“データ不整合”として扱われるところだった」
ミレイの顔は蒼白だった。
直樹はゆっくり呼吸を整えながら周囲を見る。
自分が数歩動くだけで、
街の情報網がざわめき、チリチリと音を立てる。
それは、世界が拒んでいる証拠のようだった。
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◆3 世界の形が“歪む”
「……直樹さん。
あなたの存在は、この都市のデータ構造からはみ出してる」
「はみ出してる?」
「あなたの位置情報、身体データ、生命反応……
全部のタグが“時間外参照”として扱われてるの」
「時間外……?」
「本来、この世界に 存在しない時間軸のデータ。
だからシステムが理解できない」
理解できないなら排除する。
それが、この未来国家AIの基本原理だ。
直樹は、拳を静かに握った。
「未来が……俺を押し出そうとしてるんだな」
ミレイは震える声で続けた。
「このまま観測不能領域が広がれば……
都市全体がプログラムの負荷で“保護モード”に入る。
そうなればまず最初に切り捨てられるのは――
〈不整合体〉である直樹さん」
それは、死刑宣告に近い言葉だった。
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◆4 ミレイの“決断”
ミレイは深呼吸し、直樹の手を取った。
彼女の手は冷たく、だが強かった。
「……いい?
直樹さんのことを“正しく観測できる”のは、
もう私しかいない」
「どういう意味だ?」
「私は……時間外データの解析資格を持ってる。
本来は公開されていない、禁じられた研究領域」
直樹は彼女を見る。
そこにあったのは、
観察者ではなくひとりの人間の決意だった。
ミレイは言った。
「――あなたを消させない。
観測不能になっても、私はあなたを“見る側”でい続ける」
胸が締め付けられた。
未来社会が拒絶しても、
この世界のどこかには自分を見てくれる人がいる。
直樹は、かすかな笑みを浮かべた。
「……ありがとう、ミレイ」
ミレイは小さく首を振る。
「ありがとうは、まだ早いわ。
これからもっと……大きな波が来る」
彼女の視線は、都市の遥か上空に向けられていた。
そこで、銀色の光がまたたいていた。
都市全体の監視網が、
新たな“観察者”の投入準備に入っている証だった。
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次話 第68話「新しい観察者たち」
直樹を捕捉できない監視網は、
ついに“次世代モデル”の投入を決める。
それは、ミレイさえ恐れる存在だった――。




