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『リセッター 〜目覚めたら百年後だった男〜』  作者: 蔭翁


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第66話 百年後の家族の記録庫

第66話 百年後の家族の記録庫



---


未来都市の中心部――

高層アーカイブ群の中でも、ひときわ静かなエリアにある「家族史デポジトリ」。

そこには、市民一人ひとりの系譜と記録が百年以上にわたって保管されていた。


ミレイが割り当てられた閲覧権限を端末にかざすと、

青白い光が走り、静かに扉が開く。


「……ここに、直樹さんの“その後”があるはずよ」


直樹は無言で頷いた。


逃げ場などないことは分かっていた。

それでも――知る必要があった。


自分がいない百年間の“結城の歴史”を。



---


◆1 家族の痕跡


部屋は広く、だがどこか墓所のように静かだった。


壁一面に浮かぶホログラムの棚には、

「結城家」の名を持つ無数のファイルが整然と並ぶ。


ミレイが検索をかけると、

目の前にひとつの大きな系譜図が展開された。


「これが……結城家の百年間の記録」


ラインは複雑に枝分かれし、

直樹の知らない名前ばかりが並んでいる。


(息子も……孫も……ひ孫も……)


指先が震えた。


彼らは、直樹を知らないまま生き、

直樹のいない歴史の中で人生を歩んだ。


“置き去りにされた”という感情よりも先に、

胸の奥にぽっかりと穴が開いたような感覚が広がった。


(俺が……いなくても、この家族はちゃんと続いたんだな)


嬉しいようで、寂しいようで――

何とも形容しがたい痛みが胸を締めつける。



---


◆2 動画の中の「家族」


ミレイがひとつの録画ファイルを開いた。


――小さな農園で笑う若い夫婦。

――初めて立った赤子を両親が喜んで抱き上げる姿。

――街の大改修で働く中年の男が汗をぬぐいながら語るインタビュー。

――老いた女性が故郷の写真を前に静かに微笑む。


そのどの顔にも、“直樹の面影”があった。


頬骨の形、まゆの角度、目の奥の陰影。

百年の時が隔てても……血というものは、不思議なほど正直だった。


「……俺が守れなかった家族が、

こんなにもちゃんと……生きてきたんだな」


声はかすれていた。


ミレイは隣でそっと目を伏せる。


「誰も知らなかったのよ、直樹さんのこと。

あなたが消えても、誰も気づけなかった。

けれど、残された家族は――自分たちなりに幸せを作っていった」


それは慰めでもあり、残酷な真実でもあった。



---


◆3 “忘れられた始祖”


次に表示されたのは、家族史の解説文だった。


《結城家の始祖・結城直樹(詳細不明)

 存在を裏付ける記録は散逸。

 当時の災害で失われた可能性。

 家系の初期データに欠損がある。》


直樹は思わず読み返した。


(……存在を裏付ける記録は散逸?)


ミレイは言いにくそうに口を開く。


「記録庫の〈再起動〉の時に……あなたのデータが“エラー扱い”されて削除された可能性が高いの。

だから、残ったデータでは“始祖不明”になっている」


つまり――


直樹は家族の歴史の“空白”として扱われている。

存在していたはずなのに、存在しないことになっている。


(俺は……忘れられたんじゃない。最初から“いなかったこと”にされているんだ)


あまりに静かな事実で、逆に胸が抉られる。



---


◆4 帰る場所は、どこにもない


大量の記録を見終えた直樹は、ゆっくりと息を吐いた。


「……俺が帰る場所は、もうないんだな」


ミレイは言葉を失ったまま、ただ横に立ち続けていた。


彼女は観察者でありながら、

この瞬間だけは“誰かの痛みに寄り添うひとりの人”だった。


やがて、直樹は微笑んだ。


それは泣き出しそうなほど弱い、それでも前を向こうとする笑みだった。


「……それでも、生きる理由を探さなきゃいけないんだよな。

たとえ世界が俺を忘れても……俺まで自分を忘れちゃいけない」


ミレイがそっと視線を上げる。


「直樹さん……」


その声音には、かすかな震えがあった。


未来が直樹を拒んでも――

ミレイは、ただひとり彼を“存在する人”として見つめていた。


そしてその視線が、直樹にとって初めての“帰る場所”のように思えた。



---


次話 第67話「観測不能領域」

直樹の周囲に“監視網が捉えられない空白”が広がり始め、

未来社会のシステムはさらに大きく揺らぎ出す。

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