第65話 未来が拒絶する生存者
第65話 未来が拒絶する生存者
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未来社会の空気は、昨日と同じように澄んでいるはずだった。
だが直樹には、その透明さの奥に――冷たい拒絶の気配が混ざっているように感じられた。
(俺だけが……この世界から浮いてる)
そんな違和感が、肌の下をじわりと這う。
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◆ 1 小さな“欠落”
朝の街へ一歩踏み出した瞬間だった。
歩道を掃除していた自律ドローンが、直樹の足もとの直前で急にブレーキをかけた。
「警告:対象不明。安全距離を確保します」
電子音を残し、ドローンは後退する。
その挙動は、まるで“直樹が存在していない場所”を避けるようだった。
(対象不明……?)
次に、通りかかった広告パネル。
ふと視線が合ったはずなのに――
画面のAI案内役は直樹を“認識し損なった”ように、数度まばたきの動作を繰り返した。
そして、空白の視線のまま言った。
「近くに……誰か、いらっしゃいますか?」
直樹は、ぞくりと背筋が冷えるのを感じた。
(俺が……見えていない?)
周囲の世界が、ほんのわずかに“直樹を無視しようとしている”。
それは偶然ではない。
未来社会全体の仕組みが、直樹という存在を処理できず“拒絶”している。
そんな感覚が、確信へと変わり始めていた。
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◆ 2 ミレイの分析
ミレイは端末を高速で操作しながら、顔を険しくしていた。
「やっぱり……システムの認識率が下がってる。
昨日までは80%だったのが、今は……37%」
「俺、そんなに……おかしいのか?」
直樹は乾いた笑いを漏らしたが、ミレイは笑わなかった。
むしろ、いつになく真剣な目つきで直樹を見る。
「直樹さん……あなたは“時間の外”から来た。
この社会のすべての基準は、時間軸内の人間を前提としているの。
だからデータが整合しないのは、ある意味当然の結果よ」
彼女の声には、観察者としての冷静さと、
それ以上に“ひとりの人”としての不安が混じっていた。
「あなたの身体データはこの時代の人より数値が僅かに古い。
免疫反応、代謝パターン、脳の電位……全部が基準外。
でも本当の問題は――」
ミレイは表示されたグラフを示す。
そこには、直樹の“認識率の低下”が曲線を描いていた。
「システムが、あなたを“正しく観測できなくなっている”こと」
「観測できない……?」
「はい。未来社会における最大の危険信号。
“観測不能=脅威”というのが、この社会の根幹にある哲学だから」
直樹は息を呑んだ。
(脅威……?俺が?)
そんなはずはない、と喉まで出かかった。
だが否定できない事実がある。
未来国家は、直樹を異物として扱い始めている。
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◆ 3 認識の抜け落ちる瞬間
そのとき、部屋のドアがノックされた。
「ミレイさん?今日の会議の資料、ここに届けに……あれ?」
若い研究員が立っていた。
ミレイを見るなり微笑んだが――
直樹の横を通り過ぎ、まるでそこに“誰もいないかのように”資料を置いた。
「では、これで――失礼しま……」
研究員はふと、眉をひそめた。
「……今、この部屋に二人、いますか?」
その質問に、空気が凍りつく。
ミレイは一瞬だけ視線を泳がせ――
「ええ、私ひとりよ。」
と、静かに答えた。
研究員は頷いて去っていった。
ドアが閉まると同時に、ミレイは肩を落とした。
「今の……気づいた?」
「……俺のこと……見えてなかった」
ミレイは唇をかみながら、震える声で続ける。
「直樹さん……
この世界は、あなたを“世界の構造上存在しないもの”として扱い始めてる。
だから、認識が抜け落ちるの」
直樹は言葉をなくした。
(俺は……この世界にとって“いないほうが自然な存在”なのか……?)
胸の奥に、冷たい手で締め付けられるような痛みが広がる。
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◆ 4 拒絶の理由
ミレイは端末の画面を切り替え、静かに言った。
「未来国家の判断は……こうよ。」
《時間の外から戻った不整合生命体
= 観測不能の可能性あり
= システム維持に対する危険因子》
「直樹さん……
未来社会は、“あなたの存在そのもの”を拒絶している」
直樹は、窓の外に広がる未来都市を見た。
輝かしいはずの光景が――今はどこか、薄い膜ごしのように遠く見えた。
(どうして俺だけ……?)
その問いは、誰にも答えられない。
だが確かにひとつだけ言える。
未来は直樹を“生存者”として扱っていない。
ただの“例外”、それも排除すべき例外として見ている。
その瞬間、直樹という存在は――
この未来にとって“危険物”となった。
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次話 第66話「百年後の家族の記録庫」
直樹は、自分が消えた世界で子孫たちがどのように生きたのかを知り、“帰る場所がない”現実に直面する。




