第64話 消去フラグ
第64話 消去フラグ
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未来都市〈ミレニア・リンク〉の中央に位置する国家レジストリ。
ここは、すべての市民データが管理される“未来社会の心臓部”だった。
そして今、その巨大なデータベースの奥深くで――
ひとつの小さな赤い印が、静かに点滅を始めていた。
《対象ID:YK-Naoki
状態:不整合データ検出
ステータス:削除フラグ(仮)付与》
それは、まだ誰も知らない“静かな死刑宣告”だった。
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◆
直樹は、自室の窓辺に座りながら、遠くの空をぼんやり見つめていた。
未来都市の再起動が進むにつれ、空の色は以前よりわずかに白っぽく見える。
それは、空気を構成するナノミストが更新されている証でもあった。
「……どうして、寒気がするんだろ」
自分の体が“世界に馴染んでいない”ような感覚。
肌に刺さるような違和感。
微弱な吐き気。
そして――あの“フィードバックの揺らぎ”。
(また……世界に弾かれてるみたいだ)
指先が震えた。
その瞬間――
ピッ。
空間に小さく通知音が響く。
直樹の腕輪型デバイスが、淡い光を放っていた。
本来なら、未来市民にとって日常の通知のひとつにすぎないはず。
だが画面には見慣れない文字が浮かんでいた。
《アクセス制限通知:あなたの市民情報の一部が凍結されています》
「……凍結?」
首をかしげる直樹の視界に、細かい但し書きが表示される。
《理由:整合性審査中》
「……整合性?」
読み進めようとしたとき――
端末は冷たい電子音を鳴らして、強制的に画面を閉じた。
データの詳細はもう見られない。
(なにか……起きてる)
自分の知らないところで、自分という存在が書き換えられているような感覚。
胸の奥がざわつく。
そのときだった。
ドアが激しくノックされる。
「直樹さん! 早く開けて!」
聞き覚えのある声――ミレイだ。
直樹がドアを開けると、息を切らしたミレイが飛び込んできた。
その顔色は、普段の冷静な観察者のものではなかった。
「ミ、ミレイ?どうしたの?」
ミレイは一瞬、言葉に詰まる。
けれど、覚悟を決めたように直樹の肩を掴んだ。
「直樹さん……あなたのデータに“削除フラグ”が立ったわ」
「……え?」
ミレイの瞳は震えていた。
「国家レジストリが、あなたを“存在の不整合”として処理しようとしてる。
このまま進めば……あなたは“上書きされて消える”。」
直樹の息が止まる。
「……消えるって……
死ぬってこと?」
「もっと最悪よ」
ミレイは唇をかみしめた。
「“初めから存在しなかった”ことになる。
記録も、痕跡も、記憶データですら……全部。」
直樹の背筋を、冷たいものが走った。
(……俺が……消える?)
ミレイは続けた。
「本来なら、観察者として私は報告書を提出しないといけない。でも……」
直樹を見る目は、観察者ではなく“ただのひとりの人間”のものになっていた。
「絶対にあなたを消させない。
だから……逃げる準備を始めるわ。」
直樹は、言葉を失ってミレイを見つめる。
再起動したばかりの未来社会の奥で、
世界の仕組みが静かに牙をむき始めていた。
そして――
直樹という存在を消そうとしているのは、他でもない“未来そのもの”だった。
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次話 第65話「未来が拒絶する生存者」
未来社会は、直樹を“存在の矛盾”として扱い始める。彼の周囲には、説明できない“認識の欠落”が発生していく。




