第62話 修復される街、壊れていく直樹
第62話 修復される街、壊れていく直樹
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未来都市〈ミレニア・リンク〉の大気には、いつもと違うざらつきがあった。
空に走る光の筋――都市全体を包む更新プログラムのラインが、ゆっくりと脈打ちながら流れていく。建造物の壁面は薄く発光し、データの塗り直しが進んでいるのが肉眼でも分かった。
「……再起動、ほんとに始まってるんだな」
直樹は息を呑んだ。
視界の端で、ビルの輪郭が一瞬ぶれて、次の瞬間には別の形に収束する。 古い情報を削り、整合性のある未来構造へ書き換えられていく――そんな光景が、街の隅々にまで広がっていた。
ミレイが携帯端末を握りしめながら、焦りを隠せずに言う。
「再起動の影響範囲、思ったより広い……。都市中枢AIが“整合性チェック”を最優先にしてる。
直樹、あなたも……その対象に入ってる可能性が高い」
直樹は苦笑した。
「存在の整合性って……そんな大げさなものじゃないよ、俺はただの人間だ」
「……システムから見れば違うの」
ミレイの声にかすかな震えがあった。
都市を走る更新光が、ふと直樹の身体を照らした瞬間――
ひゅ、と何かが抜け落ちるような感覚が走った。
「……ッ!」
直樹は反射的に膝に手をついて息をつく。その胸の奥が、急に空洞になったような、言葉にできない喪失感。
ミレイが駆け寄る。
「直樹!? 大丈夫!?」
「わからない……。今、何か……消えた?」
自分の体はそこにある。意識もある。息もできる。
だが、ひとつだけ確かなことがあった。
――自分という存在を、この世界が少し削り取った。
そんな気配が、あまりにもはっきりと感じられた。
ミレイが震える声で言った。
「都市インフラの更新で、“存在データの参照”が一部リセットされてる可能性がある……」
「存在……データ?」
「この世界では、すべての人が“生体データ+社会データ”で管理されてるの。
あなたみたいな“時間の外”から戻った人は、その参照元が不安定なのよ」
直樹は息をのむ。
自分が……削除されていく?
それは、リセットのように“昨日の自分に戻る”優しいものではない。
ただ、静かに、確実に。
未来社会から“いないもの”として扱われてゆく。
ミレイが彼の手を握りしめた。
「直樹、あなたはここにいる。目の前にいる。だから……消えないで」
その言葉に、直樹はわずかに微笑んだ。
しかし次の瞬間――
街全体が低いうねりを上げ、空を横切る更新ラインが、直樹の影をすり抜けていった。
影が、一瞬だけ遅れて揺らいだ。
自分の存在が、世界にうまく重なっていない。
その事実が、はじめて“恐怖”として胸に落ちてきた。
「……ミレイ。俺、この世界から……」
「言わないで」
ミレイは直樹の口を塞ぎ、強く首を振った。
「あなたは“消える存在”なんかじゃない。
私はそうさせない。どれだけ世界が壊れようと……守る」
更新の閃光がまた二人を照らす。
街は修復されてゆく。
だが直樹は、その修復の中で確実に“壊れて”いた。
未来が再起動するほどに。
直樹という人間の輪郭は、少しずつ世界から削り取られていく。
それは、未来が彼を拒絶しているという――静かな宣告でもあった。
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次話 第63話「ミレイの報告書(未提出)」
直樹の不整合は、観察者であるミレイ自身の立場も揺るがし始める。




