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第6話「老いない体」

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第6話「老いない体」


 カノンの案内で《時代遺産博物館》を後にした直樹は、無言のまま歩き続けていた。


 人間が展示される――しかもそれが自分。

 その現実を直視するには、あまりに多くの感情が渦巻いていた。


 カノンはそれを察してか、しばらく黙って寄り添っていたが、やがて小さな研究棟の前で足を止めた。


 「ここは“人体適応研究所”。あなたの体に関する検査記録が保管されている場所です。本人であるあなたがアクセスすれば、全ての記録が開示されます」


 無機質な扉が開き、カノンに続いて直樹が足を踏み入れると、そこは静まり返った冷たい空間だった。壁一面に埋め込まれたパネルが光り、彼の到着を検知して静かに起動する。


 《ようこそ、結城直樹様。適合者コード:NS-0001。最終ログイン:199日経過。》


 ――コード? 適合者?


 驚く間もなく、部屋の中央に映像が浮かび上がる。そこには、医師らしき人物と、ベッドに横たわる“自分”の姿があった。


 「体組織の代謝が停止している……いや、正確には“変化しない”と表現すべきか。結城直樹氏の身体は、生物的な老化を拒絶している状態にある」


 「どういうことだ……?」


 「あなたの体は、少なくとも100年間、変化していません。筋力、臓器機能、皮膚の状態――すべてが、最後に“リセット”された日のまま。まるで時が止まったように」


 直樹は自分の両手を見る。確かに、目覚めたその日から、どこにも老いや痛みの兆候はなかった。100年の歳月を経たというのに、鏡に映った自分は“昨日のまま”だった。


 「じゃあ、俺は……老いない身体を手に入れたってことか?」


 「言い換えれば、“変化できない体”です。代謝や細胞の再生すら、正確には“前日の状態”に巻き戻される。あなたは未来にいても、過去のまま」


 カノンの言葉は、冷静で淡々としていた。しかしその背後に、どこか寂しげな哀れみがあった。


 「リセットされ続けるということは、肉体の時間が進まないということ。記憶も、経験も、築いた人間関係さえも……あなたの中では“昨日のまま”」


 直樹はふと、自分の中にぽっかりと開いた空白を感じた。


 人と関わっても、明日には忘れている。

 努力も、愛情も、友情も、記憶に残らない。

 そんな人生に、いったい何の意味があるのか――。


 そのとき、カノンが静かに口を開いた。


 「それでも、あなたは人間です。記憶を失っても、心は同じところに戻ってくると、私は信じています」


 その言葉に、直樹は心のどこかで何かがわずかに揺れた。


 たとえ記憶が消えても――心は、変わらずにいるのか?



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次回、第7話「リセットの兆候」へ続きます。



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