第56話 「カノンの記録」
第56話 「カノンの記録」
目を覚ました直樹の枕元に、ひとつの端末が置かれていた。
見覚えがない。けれど、指が自然とその画面をなぞる。まるで、過去の自分がそれを何度も触れたかのように。
起動すると、青白い光が部屋を満たした。
そこには一行の文字が浮かんでいた。
――「おはよう、直樹。これは、あなたが忘れてしまった昨日の記録です。」
声が流れた。
それは、カノンの声だった。
〈あなたは昨日、リセットが半日ごとに起きていることに気づいた。私たちは原因を探ったけれど、どうやらそれは“あなたの存在を世界が再構築している”ためらしい〉
直樹は息を呑んだ。
自分の中に、微かに聞き覚えのある痛みが蘇る。胸の奥が締め付けられるような、記憶の残響。
〈あなたが消えていく前に、私は記録を残す。あなたが忘れても、私が覚えている。〉
淡々とした言葉の中に、かすかな震えがあった。
彼女は、泣いていたのだろうか。
〈私は観察者のシステムの一部。でも、完全な“監視者”ではない。あなたと出会ってから、私は定義を失った。〉
直樹は画面を見つめたまま動けなかった。
カノン――彼女もまた、この世界の中で何かに囚われている。
ただの案内役ではない。
彼女も“誰かに観察される存在”だったのだ。
「カノン……君は、どこにいるんだ?」
返事はない。ただ、画面の中で文字がゆっくりと書き換えられていく。
――「記録の続きは、次の夜に更新される。」
そして最後に、ひとつの短いメッセージが浮かんだ。
――「あなたが忘れても、私は残す。だから、どうか生きて。」
画面が暗転した。
直樹はその言葉を見つめながら、胸の奥に確かに何かが刻まれるのを感じた。
それは、リセットを越えても消えない微かな温もり。
記憶ではなく、感情として残る“絆”の痕跡だった。
―――
この第56話では、「記録を介した愛」と「観察者システムの内側にいるカノン」の正体が徐々に明かされ始めます。
次回、第57話「繰り返しの終端」では、リセットが唐突に止まり、“はじめて継続する一日”が訪れる転換点を描きます。




