第54話 「消去の決定」
第54話 「消去の決定」
未来都市の奥深く、誰も立ち入ることのできない“観察室”と呼ばれる空間があった。
そこでは無数の映像が同時に流れ、記録と監視が重なり合い、社会の全てが管理されていた。
その中心に立つのは“監視者”たち。
彼らは感情を持たないはずの存在だった。
だが――直樹の存在は、その均衡を揺るがし始めていた。
「結城直樹――対象コードN‐0。存在の抹消を提案する」
硬質な声が観察室に響いた。
「リセット現象の持続は、記録社会にとって危険因子となりうる。
彼の存在を許せば、記録の完全性そのものが脅かされる」
別の監視者が静かに反論した。
「だが、彼は“観察可能な異常値”だ。観察を続けることで、未知の事象を解明できるかもしれない」
議論は激しくぶつかり合った。
抹消すべき“異物”か、それとも観察すべき“鍵”か。
その中で、一人の監視者が言葉を飲み込むように沈黙していた。
――あの夜、涙を流した彼女だった。
彼女は知っていた。直樹はただの実験体でも、異物でもない。
記録に抗い、必死に生きようとする“人間”なのだと。
しかし声を上げれば、自身も消去の対象となる。
観察者に許されない“感情”を持った証拠を突きつけられれば、存在そのものが抹消されるのだ。
会議の結論は、冷酷に下された。
「結城直樹――記録の安定を乱すと判断。消去プロセスを準備せよ」
淡々とした声が観察室に響き渡る。
それは一人の人間の存在を、歴史から完全に消すという宣告だった。
その瞬間、沈黙していた監視者の手がわずかに震えた。
涙の痕跡はもう消えていた。
だが、胸の奥で燃える感情は消えなかった。
――誰かが、直樹を守らなければならない。
そう強く心に誓いながら、彼女は密かに決断した。
---
次は 第55話「逆流する時間」。
直樹に異変が起こり、リセットが通常よりも早く訪れるようになります。




