第40話「第2部・終幕『記録と存在』」
第40話「第2部・終幕『記録と存在』」
荒野を切り裂くように、監視機の無機質な羽音が迫っていた。
未来都市から放たれた鉄の目は、記録の外に生きる者たちを許さない。
直樹は息を切らしながら走り続けた。
背後でカノンの手を強く握りしめ、ただ前へと進む。
だが、どこまで行っても逃げ場はなく、空からの追跡は容赦なかった。
「直樹さん……!」
カノンの声が震える。
観察者としての彼女は知っていた。
“公式記録”から外れた者が捕捉されれば、その存在自体が消されることを――。
「……いいんだ、カノン」
直樹は足を止め、振り返った。
迫りくる監視機を真正面から見据える。
「記録されなければ存在しない?
そんなものに縛られて生きるくらいなら……俺は、俺として生きる」
胸ポケットから“記憶ノート”を取り出し、空に掲げる。
幾度となくリセットの中で書き綴ってきた、唯一自分自身を証明する手段。
「ここに書いたことは消えない。
俺が俺であった証拠は、もう十分にある。
だから――記録なんていらない!」
その瞬間、監視機の光が直樹を照らした。
都市の記録網と接続するための捕捉光。
だが、次の瞬間。
ノートのページが風にめくられ、そこに浮かび上がった直樹の筆跡が、異様な光を帯び始めた。
彼の手書きの記録は、都市のデータでは読み取れない“異物”だった。
それは、機械の網を逆に混乱させ、監視機の動きを狂わせる。
「……直樹さん、それは……」
「ただのノートだ。けど……俺が生きてきた証拠だ」
監視機は制御を失い、墜落していった。
荒野に静寂が戻る。
直樹は深く息をつき、空を見上げた。
そこにはもう、都市の幻影も、監視の網もなかった。
ただ果てしない空が広がり、自分が“今”ここにいることだけが確かだった。
「存在は、記録されるためにあるんじゃない。
ただ……生きているだけで、十分なんだ」
カノンはその言葉に涙をにじませ、静かにうなずいた。
観察者としての役割を超えて、彼女自身もまた“存在する”ことを選んだのだ。
こうして直樹は、リセッターとしての宿命を越え、
“記録と存在”という問いに自らの答えを見出した。
――未来は、記録されるためではなく、生きるためにある。
荒野の風が、二人を包み込むように吹き抜けた。
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第2部「記録なき旅路」 ― 完 ―
次から 第3部 へと進みます。




