第37話「終わらぬ日常」
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第37話「終わらぬ日常」
直樹は、最近になって妙な既視感に悩まされていた。
朝目覚める時の空気、窓の外の鳥の羽音、カノンが差し出す一杯の水。
どれもが、昨日と寸分違わず同じだと感じられるのだ。
「……まただ。昨日と同じだ」
思わず口にした直樹の言葉に、カノンが眉をひそめた。
「何が同じなの?」
「……この場面だよ。昨日と全く同じ。いや……昨日だけじゃない。何度も繰り返している気がするんだ」
彼の声には、焦燥と恐怖が入り混じっていた。
リセット現象で時間が巻き戻ることは理解していた。だが――これは違う。
“世界が進んでいない”という、直感に近い感覚だった。
「つまり……直樹、あなたは“同じ一日”を繰り返していると?」
カノンの問いに、直樹は深くうなずいた。
「そうだ。リセットが発動するのは“終端”が訪れた時だと思っていた。
だけど、もしかしたら……俺はずっと、この一日を繰り返してるんじゃないか?」
カノンは沈黙した。
彼女もまた、過去の観察記録の中に「異常なリセット」に関する報告を見たことがある。
記録に残らないはずの現象――観察者自身も気づけない“閉じたループ”。
「……もしそれが本当なら、直樹、あなたは“時間の外”から観測されていることになる」
「時間の外……?」
「そう。記録社会の観測範囲は、あくまで“直線的に進む時間”。
でも、あなたが閉じられた日を繰り返しているなら……観測されない空白に囚われているのかもしれない」
直樹の背筋に寒気が走った。
つまり――存在が記録されないだけでなく、“時間”そのものからも外れている。
「もしそうなら……俺は、本当に存在しているのか?」
問いかける声は震えていた。
存在を疑うことは、この世界で最も深い絶望につながる。
カノンはその手を強く握った。
「存在してる。私が覚えてるから。記録に残らなくても、時間が歪んでも――私が“直樹”を見ている。
それが、あなたの存在の証明よ」
直樹は、カノンの眼差しに救われたように小さく息を吐いた。
しかし、不安は消えない。
繰り返す日々――その終わりが、いつか訪れるのか。
それとも、永遠に囚われるのか。
その夜、直樹は夢の中で、見知らぬ声を聞いた。
> 「……終わらぬ日常に気づいたか。だが、それはまだ“入口”に過ぎない」
目覚めた直樹の耳には、その言葉の余韻が確かに残っていた。
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次回
第38話「リセット不能の夜」
ついに、リセットが発生しない夜を迎える直樹。
“時間が動き出す”瞬間に、彼が目にするものとは――。
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