第36話「観察者狩り」
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第36話「観察者狩り」
記録社会の中枢部――情報統括機構の会議室は、異様な緊張に包まれていた。
「――観察者の一部が、記録方針に背き始めているというのは本当か?」
「はい。非記録圏への“情的関与”が複数件、確認されました。
また、“記録から逸脱した判断”を報告せず、個人の意思で対象者と行動を共にしている例も……」
「逸脱か。ならば、排除するしかあるまい」
一人の重鎮が冷たく言い放つと、全体が沈黙に包まれた。
議題はすでに決まっていた。
> ――観察者の粛清。
カノンたち共感型観察者は、当初から異端視されていた。
記録対象に感情を持つこと、判断に私情を交えること。
それらは「観察の純粋性を汚す背信行為」とされていた。
そして今、直樹という存在に関わることで、彼女たちは“危険思想”の象徴とされた。
一方その頃、直樹とカノンは、かつての観察者ネットワークの拠点跡地に身を潜めていた。
「……カノン、君の居場所がなくなってしまったんじゃないか?」
「元々、いつかはこうなると思ってた。
でも……後悔はしてない。私は“ただの観察者”ではいられなかったから」
カノンは、薄暗い天井を見上げながら微笑んだ。
「あなたが存在していたことを、記録が否定しようとしても、私は覚えてる。
記録には残らないけど、“私”という存在が、それを証明する」
その時、外で微かな足音がした。
「追手……?」
カノンが立ち上がると、外のセンサーが異常信号を検知。
それは明らかに、観察者排除部隊――通称《追補隊》の動きだった。
「……来たわね。観察者狩り」
「俺がいるから……?」
「違うわ。あなたはきっかけに過ぎない。
彼らは“心ある観察者”を、最初から排除対象にしていた。
ただ、動き出す“理由”を求めていただけ」
カノンは、コンタクトレンズ型の記録装置を外し、床に落として踏みつけた。
「これは私の意思。私は、あなたと共に“記録の外側”を生きる」
直樹は、一瞬言葉を失ったが、ゆっくりとうなずいた。
「行こう。ここを出よう」
扉の外には、確かに追補隊の影が迫っていた。
だがその時、拠点の別ルートから、1本の暗号通信が届いた。
> 【カノンへ:共感型観察者の避難ルートを確保。今すぐ第七記録層・境界部へ】
「生き残った仲間が……」
「まだ終わってない。記録に従うだけの世界を、変えられるかもしれない」
二人は闇に身を滑り込ませた。
観察者狩りが始まった――だがそれは、同時に“観察者の反逆”の始まりでもあった。
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次回
第37話「終わらぬ日常」
リセットの影――直樹は、“同じ日”を繰り返している可能性に気づく。
記録からは観測されない“異常な時間”の正体とは?




