第20話「第1部・終幕『存在の意味』」
---
第20話「第1部・終幕『存在の意味』」
高層都市の最上階、薄い空気の中に佇む直樹の姿があった。
彼の眼下には、透明なドームに覆われた未来の街――かつて彼が「いないことになっていた」世界が広がっていた。
「……百年も経ったんだな」
手にしたのは、記録ノート。
だがその中身は、もはや他者が残したものではなかった。
それは、直樹自身がこの世界に“いた”ことを、己の手で記した証だった。
記録を消された5年間。
その間、彼は誰にも観測されず、何者にも記憶されず、存在そのものが“空白”として処理されていた。
それでも、彼は生きていた。
そして、彼を“見ていた”存在――観察者カノンの涙が、確かにその証明となった。
「人は、記録されなければ存在しないのか?
それとも、誰かの心に残れば、それだけで“生きていた”と言えるのか――」
風が吹く。
遠くに浮かぶ小型の輸送艇が、光を反射させて通り過ぎた。
直樹の脳裏に、これまでのすべてがよぎった。
目覚めた未来。
博物館で見た“自分”。
老いない身体。
何度も繰り返されたリセット。
消された記録、見えない勢力、そして――心だけで見つめてくれた観察者。
「俺が生きた意味は……」
問いかけたその先に、答えはなかった。
けれど、不意に通信機からカノンの声が届いた。
「直樹さん。あなたが生きた記録は、今、この瞬間から“再び”始まっています。
誰かにとってのあなたは、すでに“物語の登場人物”ではなく、“現実”です」
直樹は、ゆっくりとノートを閉じた。
「物語、か……。じゃあ、ここから先が“本当の物語”だな」
“リセッター”という名を与えられた男。
眠れば昨日に戻るはずだった存在は、未来に取り残されてなお、生き続けた。
そして今、ようやく“戻らない”朝が始まった。
新しい物語は、まだ始まったばかりだった――
---
第1部「目覚め」 完
---
以上で第1部が完結となります。
次回より【第2部「記録なき旅路」】へと進みます。




