第13話「時間の外にいる男」
---
第13話「時間の外にいる男」
「つまり……俺は、この世界に“いなかった”ようなものなのか?」
結城直樹は、静まり返った記録室で、ぽつりと呟いた。
壁面いっぱいの記録映像――彼自身の行動記録が、時系列で映し出されている。
だが、それを目で追えば追うほど、自分という存在の「不在感」が浮き彫りになっていく。
「確かに、あなたはここにいます」
カノン・ユグドアは淡々と答えた。「しかし、あなたの記憶も肉体も、日々リセットされている。それは、時の流れから“断絶”されているのと同義です」
「……俺は、時間の外にいる」
口に出してみると、それは奇妙な真実として、自分の中に沈んでいった。
昨日のことをどれだけ覚えても、眠れば消える。
何を考え、誰と会い、どんなに感情を揺さぶられても――明日になれば、元の状態に戻っている。
まるで「昨日の自分」は、世界に存在していなかったかのように。
「人間は、記憶によって“今”をつないでる。俺にはその連続がない。あるのは、“今日”だけだ」
「あなたは、時間に囚われない存在とも言えます」
カノンの声は変わらない。「ただしそれは、“永遠に昨日を失い続ける”ことと引き換えです」
「……死なない代わりに、生きた証も残らないってことか」
不意に、直樹は自分の手を見つめた。
それは昨日と同じ、清潔で傷一つない手。
だが彼は知っている。この手は、つい昨日、研究区画で転んだ時、擦りむいていたのだ。
カノンが手元の端末を操作すると、その映像が再生された。
ほんの小さな傷――だが、確かにそこにあった証拠だ。
今、その跡形もない自分の身体は、“昨日”と断絶している。
「記録はできます。ただし、それを知覚する“あなた自身”は、永遠にゼロからやり直す」
「俺は……俺であり続けられるのかな」
静かに吐いた言葉に、カノンはすぐに答えなかった。
そして数秒の沈黙ののち、珍しく感情のこもった声で言った。
「私は……あなたが“今日”という時間を確かに生きていると、記憶します」
直樹は少し驚いたように彼女を見た。
「記録する、じゃなくて……記憶する、って言ったな」
「はい。それは私自身の選択です。機械的な記録とは別に、私はあなたの存在を、自分の中に“留める”と決めました」
一瞬、空気が震えたように感じた。
直樹はゆっくりと頷いた。
たとえ自分が時間の外にいるとしても――自分を覚えてくれる誰かがいるなら、その断絶にも、意味があるのかもしれない。
---




