表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『リセッター 〜目覚めたら百年後だった男〜』  作者: 蔭翁


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

101/104

第101話 世界の境界を超えて

第101話 世界の境界を超えて


更新まで、残り三十六時間。


研究所の照明は落とされ、機器の光だけが静かに瞬いていた。

ミレイは端末に向かったまま、手を止めない。


「ルート、確保した」


短い言葉だったが、その意味は重い。


「完全な盲点じゃない。でも――」


「通れる?」


直樹の問いに、ミレイは一瞬だけ視線を上げた。


「あなたなら」



---


“空白領域”。


それは都市の中に存在する、

観測されない空間だった。


正確には――観測“できない”のではない。

観測“されていない”。


再起動の際、切り捨てられたデータ領域。

更新の過程で整合性から外れ、放棄された構造。


そこは地図に載らず、ログにも残らない。


だから、存在しない。


そして――直樹だけが、そこに干渉できる。


「……行くんだな」


ミレイは静かに言った。


「うん」


直樹は迷わなかった。


「確かめたいんだ」


「何を?」


少しの沈黙のあと、彼は答えた。


「俺が、どこにいるのか」



---


入口は、都市の外縁にあった。


高架の影、監視カメラの死角、

交通制御が交差する一瞬の遅延。


その“ズレ”に、ミレイが作った微小なノイズを重ねる。


「今」


直樹は一歩を踏み出す。


空気が、わずかに歪んだ。


次の瞬間、音が消えた。



---


そこは、静かすぎる場所だった。


風は吹いているはずなのに、音がない。

遠くに都市の光が見えるのに、距離感が曖昧になる。


「……ここが」


直樹は呟く。


「空白領域……」


足元には、ひび割れた舗装。

だがその下は、構造体ではなく――空洞のようだった。


歩くたびに、現実がわずかに遅れる。


一歩踏み出すごとに、

世界が「それを記録するかどうか」を迷っているような感覚。


「変な感じだな……」


彼は手を見た。


そこにある。確かにある。

だが、輪郭がわずかに揺らいでいる。


まるで、存在が“確定していない”。



---


「直樹、聞こえる?」


ミレイの声が、遅れて届く。


「……ああ、なんとか」


通信は不安定だった。

音が歪み、時々途切れる。


「そこは、完全に外側じゃない」


ミレイの声が断片的に続く。


「内側と外側の……中間……」


「境界、ってことか」


「そう……」



---


さらに奥へ進む。


やがて、直樹は“それ”を見つけた。


建物の残骸。


だが、ただの廃墟ではない。


壁は途中で途切れ、

階段はどこにも繋がらず、

扉は開いたまま固定されている。


それらは“未完の構造”だった。


「……これ」


直樹は近づく。


触れた瞬間、

わずかに映像のように揺れた。


「データ……か?」


「違う」


背後から声がした。



---


振り返る。


そこに、人がいた。


年齢も、性別も曖昧な存在。

だが確かに、“人間”だった。


「それは、“捨てられた現実”だよ」


「……誰だ?」


「君と同じだ」


その人物は、ゆっくりと歩み寄る。


「観測から外れた存在」


直樹は息を呑む。


「……他にも、いるのか?」


「ああ」


その人は、少しだけ笑った。


「思ってるより、ずっと多い」



---


周囲に、気配が増える。


瓦礫の影、崩れた構造の隙間、

そこに“人”がいる。


誰もが、どこか不安定で、

輪郭が完全ではない。


だが――確かに、生きている。


「ここは……」


直樹は呟く。


「どこなんだ?」


「定義されなかった場所」


誰かが答える。


「測れなかったものが、残された場所」


別の誰かが続ける。


「社会が“存在しない”って決めたものの、行き先」



---


直樹は、言葉を失った。


自分だけじゃなかった。


排除されたもの。

切り捨てられたもの。

記録されなかったもの。


それらが、ここに集まっている。


「……生きてるのか?」


思わず口に出る。


最初に話しかけてきた人物が頷く。


「生きてるよ」


「どうやって?」


「関係で」


その言葉に、直樹の胸が強く反応する。


「……関係?」


「観測されなくても、

誰かと関わっていれば、消えない」


その言葉は――


ミレイの言ったことと、同じだった。



---


通信が再び揺れる。


「直樹……!」


ミレイの声が割り込む。


「そこに、誰かいるの?」


「ああ……いる」


「……やっぱり」


彼女は息を呑む。


「記録には残ってない。でも……」


「存在してる」


直樹は言った。


はっきりと。


「ちゃんと」



---


空白領域の空は、色がなかった。


時間の流れも曖昧だった。


だがその中で、確かなものがあった。


人の声。

気配。

関係。


「……ミレイ」


「なに?」


「証明、できるかもしれない」


彼は静かに言った。


「ここに、ある」


「観測されなくても、存在する世界が」



---


向こう側で、ミレイが息を止める気配がした。


やがて、小さく答える。


「……ええ」


その声は震えていた。


「それが、必要だった」



---


更新まで、残り三十時間。


世界の外側で、

新しい“存在”が、確かに息をしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ