表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
声を失った公爵様に嫁ぎます 〜前世の夫から逃げたいのに、なぜか執着されてるんですが!?〜  作者: 無月公主


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

67/72

67話目

それからというもの、ヴィヴィアンは常に私のそばに寄り添い、細やかに世話をしてくれた。彼は多くを語れない。それでも、毎日欠かさず優しい言葉をかけてくれる。


「愛してる」

「好きだ」


静かで穏やかな声。それは夜の花びらのように柔らかく、でも、私の心をしっかり満たしてくれる。


彼は決して私を一人にしなかった。朝目覚めると、もう私を抱きしめている。頬を寄せ、腕をぎゅっと強くする。その温もりに包まれると、不安も消えてしまう気がした。


食事のときも、彼は向かいではなく、隣に座る。スープの温度を確かめ、そっと差し出す。その手が触れるたび、まるで宝物を扱うような優しさを感じた。指先が私の手をなぞるだけで、言葉以上の想いが伝わる。


日中、彼は仕事で忙しいはずなのに、わざわざ私の部屋を訪れた。退屈しないように、ふわふわのクッションや、気持ちのいいブランケットをたくさん用意してくれる。その空間は、まるで彼の腕の中にいるように心地よかった。


そして、夕方になると、毎日のように人気のない庭園へ私を連れ出してくれる。


沈む夕陽の下、風にそよぐ花の香りを感じながら、温かいティーを飲む。もちろん、カフェインなしのものを、彼がしっかり選んでくれている。


ヴィヴィアンは静かに隣に座り、何も言わずに私の手を握る。そのぬくもりだけで、彼がどれほど私を想っているのかがわかる。時々、髪を撫でたり、指先でそっと頬をなぞったりする。それはまるで、言葉の代わりに「愛してる」と伝えているようだった。


お腹の中の子が元気よく動いた。すぐにヴィヴィアンは手を当て、目を細めてじっと感じ取る。微かに唇を動かしながら、静かに私と赤ちゃんを見つめる。


——ただ、それだけで十分だった。


夜になると、一緒に湯に浸かるのが習慣になった。


ヴィヴィアンは湯加減を何度も確認しながら、私の髪をゆっくりと梳く。肩を撫でる指先はどこまでも優しく、決して力を入れすぎない。私が少しでも疲れを感じないように、心から気遣ってくれているのが伝わった。


湯の中で、彼はそっと私の頬にキスを落とす。それは何度も、まるで呼吸をするように自然に。


そして、夜は必ず私を腕の中に抱きしめて眠る。


どれだけ言葉を交わせなくても、彼のぬくもりが、仕草が、すべてを伝えてくれる。


──愛してる、と。


そうして、彼の絶え間ない愛に包まれながら、お腹の子はすくすくと育ち、ついに臨月を迎えた。


――――――――――

――――――――


ヴィヴィアンと過ごす日々は満ち足りていた。

けれど、何かをしていないと、ふとした瞬間に寂しさを感じることがあった。


「……寂しいものね」


ぽつりと呟きながら、私は手元の毛糸をゆっくりと編み続ける。


ヴィヴィアンは限られた言葉で私を愛してくれるし、誰よりも大切にしてくれている。それは疑いようのない幸せだった。けれど、それでも——


使用人たちとも仲が良かった私は、彼らとの何気ない会話が恋しくなるときがあった。


屋敷の中には確かに人がいるのに、私のそばにいるのはヴィヴィアンだけ。誰かと笑い合うことも、何気ないおしゃべりをすることもなく、静かな時間だけが流れていく。


「愛があるだけ、マシね……」


自分に言い聞かせるように、ふっと笑う。


それでも、やっぱり。

会話ができないのは少し、いや、正直に言えば、かなり寂しい。


私は視線を落とし、膨らんだお腹にそっと手を当てた。


「早く元気に生まれてくるのよ……」


優しく撫でると、お腹の中の子が小さく動いた。


「ふふ……」


くすぐったいような、それでいて愛おしい感覚がこみ上げてくる。お腹の中に、私たちの愛しい命がいる。それを思うだけで、胸の奥が温かくなった。


余計なことを考えてしまわないように、私は再び手を動かし、編み物に集中する。毛糸を指に絡ませ、針を進めるたびに、心が落ち着いていく気がした。


けれど——


突然、お腹の奥に鈍い痛みが走った。


「……あ」


手元の毛糸がぽろりと膝の上に落ちる。


痛みが広がり、波のように押し寄せてくる。


息を詰め、そっとお腹を抱える。


「……これって……」


次第に痛みは強くなり、身体の内側が締めつけられるようだった。


そう、これは——


「……陣痛?」


確信した瞬間、手が震えた。


いよいよ、この子が生まれてくる。


私は震える指で、そばにあった小さな鈴を鳴らした。音が響いた次の瞬間、扉が開かれる。


「ヴィヴィアン……っ」


名前を呼んだ瞬間、廊下から急ぎ足の足音が響いた。


次の瞬間、扉が勢いよく開かれ、ヴィヴィアンが駆け込んでくる。


「……!」


彼は何も言わずに、ただ私の顔を見て、次いでお腹へと視線を落とした。


「陣痛……きたみたい……」


息を詰めながらそう伝えると、ヴィヴィアンの紫の瞳が強く光を帯びた。


すぐに彼は部屋の外へ向き直り、強く手を打つ。その音が響いた瞬間、数人の使用人が控えの間から姿を現した。


「医師、今すぐ呼ぶ。準備」


簡潔な言葉だった。けれど、そこに込められた威圧感と焦燥は十分すぎるほど伝わってくる。


「急げ」


彼の指示に従い、使用人たちはすぐさま動き出した。


ヴィヴィアンは、私の元に戻り、片膝をついてそっと手を握る。


「大丈夫だ。」


強く、けれど優しくそう言って、震える私の手を包み込んだ。


「……うん」


痛みの合間に、小さく頷く。彼がそばにいてくれる。それだけで、少しだけ不安が和らぐ気がした。


やがて医師が駆けつけ、部屋には出産に必要な道具が次々と運び込まれていく。


「公爵様、分娩の準備が整いました」


医師の声に、ヴィヴィアンは短く頷いた。


「……許可する。」


彼の低く静かな声が響く。


「今から、医師と出産を手伝う者だけ、話すのを許す」


一瞬、空気が張り詰めた。


普段はどれほどの緊急時でも、彼以外と会話することを許されていなかった私。でも、この瞬間だけは違う。


ヴィヴィアンは私を守るためにずっと規則を設けていた。それでも、今は……私と赤ん坊を最優先にしてくれている。


「……ありがとう」


息を切らしながら呟くと、ヴィヴィアンはそっと私の額にキスを落とした。


「……愛してる」


たった一言、でも、それ以上の言葉はいらなかった。


「さあ、始めましょう」


医師の声が響いた瞬間、腹部に強烈な痛みが襲いかかる。思わず息を詰め、汗ばむ手でシーツを握りしめた。


そんな私の手を、ヴィヴィアンがそっと包み込む。


本来、貴族の男性が出産に立ち会うことは極めて珍しい。けれど、ヴィヴィアンは迷わず私のそばに残った。


「ここにいる」


短くても、彼の言葉は確かだった。


彼は私の手を握り、額に滲む汗をそっと拭ってくれる。


痛みの波が襲うたび、彼の指が優しく絡みつく。その温もりだけが、今の私を支えていた。


「……ヴィヴィアン……っ」


苦しさの中で名前を呼ぶと、彼は強く頷く。


「側にいる!」


その言葉に導かれるように、私は次の陣痛に耐える決意を固めた——。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ