67話目
それからというもの、ヴィヴィアンは常に私のそばに寄り添い、細やかに世話をしてくれた。彼は多くを語れない。それでも、毎日欠かさず優しい言葉をかけてくれる。
「愛してる」
「好きだ」
静かで穏やかな声。それは夜の花びらのように柔らかく、でも、私の心をしっかり満たしてくれる。
彼は決して私を一人にしなかった。朝目覚めると、もう私を抱きしめている。頬を寄せ、腕をぎゅっと強くする。その温もりに包まれると、不安も消えてしまう気がした。
食事のときも、彼は向かいではなく、隣に座る。スープの温度を確かめ、そっと差し出す。その手が触れるたび、まるで宝物を扱うような優しさを感じた。指先が私の手をなぞるだけで、言葉以上の想いが伝わる。
日中、彼は仕事で忙しいはずなのに、わざわざ私の部屋を訪れた。退屈しないように、ふわふわのクッションや、気持ちのいいブランケットをたくさん用意してくれる。その空間は、まるで彼の腕の中にいるように心地よかった。
そして、夕方になると、毎日のように人気のない庭園へ私を連れ出してくれる。
沈む夕陽の下、風にそよぐ花の香りを感じながら、温かいティーを飲む。もちろん、カフェインなしのものを、彼がしっかり選んでくれている。
ヴィヴィアンは静かに隣に座り、何も言わずに私の手を握る。そのぬくもりだけで、彼がどれほど私を想っているのかがわかる。時々、髪を撫でたり、指先でそっと頬をなぞったりする。それはまるで、言葉の代わりに「愛してる」と伝えているようだった。
お腹の中の子が元気よく動いた。すぐにヴィヴィアンは手を当て、目を細めてじっと感じ取る。微かに唇を動かしながら、静かに私と赤ちゃんを見つめる。
——ただ、それだけで十分だった。
夜になると、一緒に湯に浸かるのが習慣になった。
ヴィヴィアンは湯加減を何度も確認しながら、私の髪をゆっくりと梳く。肩を撫でる指先はどこまでも優しく、決して力を入れすぎない。私が少しでも疲れを感じないように、心から気遣ってくれているのが伝わった。
湯の中で、彼はそっと私の頬にキスを落とす。それは何度も、まるで呼吸をするように自然に。
そして、夜は必ず私を腕の中に抱きしめて眠る。
どれだけ言葉を交わせなくても、彼のぬくもりが、仕草が、すべてを伝えてくれる。
──愛してる、と。
そうして、彼の絶え間ない愛に包まれながら、お腹の子はすくすくと育ち、ついに臨月を迎えた。
――――――――――
――――――――
ヴィヴィアンと過ごす日々は満ち足りていた。
けれど、何かをしていないと、ふとした瞬間に寂しさを感じることがあった。
「……寂しいものね」
ぽつりと呟きながら、私は手元の毛糸をゆっくりと編み続ける。
ヴィヴィアンは限られた言葉で私を愛してくれるし、誰よりも大切にしてくれている。それは疑いようのない幸せだった。けれど、それでも——
使用人たちとも仲が良かった私は、彼らとの何気ない会話が恋しくなるときがあった。
屋敷の中には確かに人がいるのに、私のそばにいるのはヴィヴィアンだけ。誰かと笑い合うことも、何気ないおしゃべりをすることもなく、静かな時間だけが流れていく。
「愛があるだけ、マシね……」
自分に言い聞かせるように、ふっと笑う。
それでも、やっぱり。
会話ができないのは少し、いや、正直に言えば、かなり寂しい。
私は視線を落とし、膨らんだお腹にそっと手を当てた。
「早く元気に生まれてくるのよ……」
優しく撫でると、お腹の中の子が小さく動いた。
「ふふ……」
くすぐったいような、それでいて愛おしい感覚がこみ上げてくる。お腹の中に、私たちの愛しい命がいる。それを思うだけで、胸の奥が温かくなった。
余計なことを考えてしまわないように、私は再び手を動かし、編み物に集中する。毛糸を指に絡ませ、針を進めるたびに、心が落ち着いていく気がした。
けれど——
突然、お腹の奥に鈍い痛みが走った。
「……あ」
手元の毛糸がぽろりと膝の上に落ちる。
痛みが広がり、波のように押し寄せてくる。
息を詰め、そっとお腹を抱える。
「……これって……」
次第に痛みは強くなり、身体の内側が締めつけられるようだった。
そう、これは——
「……陣痛?」
確信した瞬間、手が震えた。
いよいよ、この子が生まれてくる。
私は震える指で、そばにあった小さな鈴を鳴らした。音が響いた次の瞬間、扉が開かれる。
「ヴィヴィアン……っ」
名前を呼んだ瞬間、廊下から急ぎ足の足音が響いた。
次の瞬間、扉が勢いよく開かれ、ヴィヴィアンが駆け込んでくる。
「……!」
彼は何も言わずに、ただ私の顔を見て、次いでお腹へと視線を落とした。
「陣痛……きたみたい……」
息を詰めながらそう伝えると、ヴィヴィアンの紫の瞳が強く光を帯びた。
すぐに彼は部屋の外へ向き直り、強く手を打つ。その音が響いた瞬間、数人の使用人が控えの間から姿を現した。
「医師、今すぐ呼ぶ。準備」
簡潔な言葉だった。けれど、そこに込められた威圧感と焦燥は十分すぎるほど伝わってくる。
「急げ」
彼の指示に従い、使用人たちはすぐさま動き出した。
ヴィヴィアンは、私の元に戻り、片膝をついてそっと手を握る。
「大丈夫だ。」
強く、けれど優しくそう言って、震える私の手を包み込んだ。
「……うん」
痛みの合間に、小さく頷く。彼がそばにいてくれる。それだけで、少しだけ不安が和らぐ気がした。
やがて医師が駆けつけ、部屋には出産に必要な道具が次々と運び込まれていく。
「公爵様、分娩の準備が整いました」
医師の声に、ヴィヴィアンは短く頷いた。
「……許可する。」
彼の低く静かな声が響く。
「今から、医師と出産を手伝う者だけ、話すのを許す」
一瞬、空気が張り詰めた。
普段はどれほどの緊急時でも、彼以外と会話することを許されていなかった私。でも、この瞬間だけは違う。
ヴィヴィアンは私を守るためにずっと規則を設けていた。それでも、今は……私と赤ん坊を最優先にしてくれている。
「……ありがとう」
息を切らしながら呟くと、ヴィヴィアンはそっと私の額にキスを落とした。
「……愛してる」
たった一言、でも、それ以上の言葉はいらなかった。
「さあ、始めましょう」
医師の声が響いた瞬間、腹部に強烈な痛みが襲いかかる。思わず息を詰め、汗ばむ手でシーツを握りしめた。
そんな私の手を、ヴィヴィアンがそっと包み込む。
本来、貴族の男性が出産に立ち会うことは極めて珍しい。けれど、ヴィヴィアンは迷わず私のそばに残った。
「ここにいる」
短くても、彼の言葉は確かだった。
彼は私の手を握り、額に滲む汗をそっと拭ってくれる。
痛みの波が襲うたび、彼の指が優しく絡みつく。その温もりだけが、今の私を支えていた。
「……ヴィヴィアン……っ」
苦しさの中で名前を呼ぶと、彼は強く頷く。
「側にいる!」
その言葉に導かれるように、私は次の陣痛に耐える決意を固めた——。




