63話目
披露宴は、ラヴェルノワ公爵家の名に恥じない、壮麗なものだった。
会場の中央には豪華なシャンデリアが輝き、壁には繊細な刺繍が施された深紅のタペストリーが飾られている。
テーブルには、美しく盛り付けられた料理が並び、最高級のワインが振る舞われ、貴族たちの談笑が優雅に交わされていた。
ミシェリアもヴィヴィアンと共に、来賓たちと挨拶を交わしながら、この特別な宴の雰囲気を楽しんでいた。
しかし――その優雅な空気の中、ふと耳に飛び込んできた囁きが、彼女の意識を引き寄せる。
「驚いたわ。公爵夫妻かと思っちゃったわ。」
「私も、思わず挨拶しかけちゃったわ。」
「でも……あんなにそっくりだと……。」
(……え?)
ミシェリアは、一瞬ぽかんとする。
貴族たちがこそこそと話し合いながら、ある方向を指している。
不思議に思ってそちらを見ようとすると、先にヴィヴィアンが軽くため息をつきながら指をさした。
「……見ろ。」
彼が示す方向に目を向けた瞬間、ミシェリアは思わず目を見開いた。
会場の一角に、美しく仕立てられた衣装に身を包んだシェルリアお姉様が立っていた。
彼女は貴族らしい気品を纏いながら、優雅に微笑んでいる。
その隣には――ヴィヴィアンそっくりな体格の男性が立っていた。
(え……えええええっ!?)
一瞬、ヴィルダンかと思った。
けれど、肌の色が明らかに白く、彼ではないことが分かる。
見間違いかと思ってもう一度よく見ると、目の色がエメラルドグリーンだった。
「……まさか。」
視線が合い、シェルリアが柔らかく微笑みながら歩み寄ってきた。
「ミシェリア、ヴィヴィアン様。ご結婚、おめでとう。」
「お姉様……それはもちろん、ありがとう。でも……えっと……その……。」
動揺して口ごもるミシェリアの視線を察したのか、シェルリアは隣の男性を軽く振り返った。
「紹介するわね。こちら――ヴィーネストよ。」
「……………。」
ミシェリアの思考が、一瞬停止する。
(え? ええええええええええ!?!?!?!?)
ヴィーネスト……?
あの、ほんの1年半前に会ったときは、14歳にして10歳くらいに見えるほど華奢で愛らしかった少年が――
今や、ヴィヴィアンとほぼ同じ体格になっている。
唯一違うのは、エメラルドグリーンの瞳だけ。
髪型までそっくりに整えられていて、まるで双子のようだった。
(な、なにこれ……!? 一体どういう成長をしたの!?)
思わず、大声で叫びそうになる――その瞬間。
「むぐっ!?」
ヴィヴィアンが素早く彼女の口を手で塞いでいた。
「……予想はしていたが、やはりな。」
ミシェリアは、目を丸くしながら彼を見上げる。
ヴィヴィアンは呆れたような、それでいて「ほら、驚くだろう?」と言いたげな顔をしていた。
(だって、これ……普通に見たらヴィヴィアンが二人いるみたいじゃない!!)
じたばたと口を塞がれたまま抗議の視線を向けるが、ヴィヴィアンは軽く肩をすくめるだけだった。
「落ち着け、ミーシャ。貴族としての品位を忘れるな。」
「んー!!んんー!!」
(品位どころじゃないわよ!!これは驚くでしょ!?)
しかし、ヴィヴィアンの手のひらはしっかりと彼女の口を押さえていて、抗議の声はくぐもるだけだった。
その様子を見ていたシェルリアは、くすくすと微笑む。
「ふふ……驚いたかしら?」
(驚いたどころじゃないわ!!)
心の中で叫ぶミシェリアだったが、ヴィヴィアンの手のせいで声にはならない。
「お久しぶりです、義姉上。」
ヴィーネストが、一歩前に出る。
その声は以前よりも低く、落ち着いたものになっていた。
(ええええ!? 声まで違う!!)
「……なにか?」
じっと見つめられ、ミシェリアはヴィヴィアンの手を振り払おうとするが、なぜかヴィヴィアンは意地悪そうにそれを阻止する。
「……ミーシャ。驚いたのは分かるが、そろそろ落ち着いたか?」
ヴィヴィアンが低く囁きながら、ようやく手を外す。
ミシェリアは大きく息を吸い込むと、じっとヴィーネストを見つめた。
「………………。」
(……成長って、こんなに一気にするものなの!?)
ミシェリアの頭の中では、まだ混乱が渦巻いていた。
こんなに変わるなんて、誰が想像できるだろう?
シェルリアとヴィーネストが並んでいる姿は、美しくもあり、どこか不思議な光景だった。
「そ、そう……。」
ようやく言葉を絞り出しながら、ミシェリアは顔を引きつらせる。
すると、ヴィヴィアンがぼそっと呟いた。
「まぁ……ラヴェルノワの男は、成長するとこうなるんだ。」
(そんな簡単に言わないでよ!!)
まだ混乱が収まらないミシェリアだったが、彼女の目の前で、シェルリアとヴィーネストは微笑み合っていた。
◇◆◇◆◇
披露宴は終始、優雅で完璧な流れで進行していった。
王であるアーサンドレベン・ダーナンドレル陛下も終始穏やかな表情で見守り、貴族たちは公爵夫妻の門出を祝福してやまなかった。
ミリスクレベン王太子と婚約者リーサも出席していたが、二人とも控えめに振る舞い、余計な波乱を起こすことはなかった。
「これほどの披露宴、滅多に見られるものではありませんね。」
「本当に……まるで物語の中のようだわ。」
そんな貴族たちの囁きがあちこちから聞こえてくる。
ラヴェルノワ公爵家の財力と格式、そして何よりも、新郎新婦の美しさがこの日を特別なものにしていた。
やがて、最後の祝杯が交わされると、ゲストたちは名残惜しそうに夜の宮殿を後にしていった。
そして――。
「お二人とも、どうぞ良い夜を……。」
そう言いながら、ヴィートヒートがニヤリと笑って手を振る。
ヴィジェストやヴィルダンもどこか意味ありげな視線を向けてくるが、ミシェリアは気づかないふりをした。
(もう……みんなったら、いちいち意識しすぎよ。)
しかし、隣のヴィヴィアンを見ると、彼の紫紺の瞳がじっと自分を見つめていた。
普段と変わらぬ冷静な表情――けれど、その奥には、どこか熱を帯びたものが宿っている気がする。
「……ミーシャ、行こうか。」
その低く落ち着いた声に、ミシェリアの心臓がドキンと跳ねた。
「……えぇ。」
彼女の手を取ったヴィヴィアンは、そのまま静かに廊下を歩き始めた。
二人を見送る使用人たちの表情は、皆どこかほほえましいものだったが、ミシェリアは無理に気にしないよう努めた。
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長い廊下を歩き、辿り着いたのは――ラヴェルノワ公爵夫妻がこれまで共に過ごしてきた寝室だった。
公爵邸に住み始めてからというもの、ミシェリアは毎晩この部屋でヴィヴィアンと眠りについた。
けれど、彼はとても律儀で、公の結婚式を終えるまでは最後の一線を越えないと誓っていた。
「公爵夫人として迎えた以上、正式に夫婦となるのは結婚式を終えてからだ。」
彼はそう言って、幾度となく彼女を愛しそうに抱きしめながらも、決して一線を越えなかった。
その誠実さに、時折ミシェリアは呆れながらも、どこか安心もしていた。
しかし――それも今日で終わり。
公爵夫妻として、正式に認められた今夜から、二人は本当の意味で夫婦となる。
扉を開けると、見慣れた寝室が広がる。
けれど、今夜は特別だった。
室内には柔らかな灯りが灯され、ベッドの上には美しい刺繍の施されたシーツが敷かれ、まるで二人の新たな門出を祝福するかのように整えられていた。
「……ミーシャ。」
扉を閉じたヴィヴィアンが、そっと彼女の手を引き寄せる。
静かに見つめ合い、心の奥に秘めていた想いが、言葉なく伝わる。
「今夜から…正式に俺の妻だ。」
甘く囁く声が耳元に落ち、ミシェリアの心臓が大きく跳ねた。




