62話目
結婚式当日の朝、ラヴェルノワ公爵邸は、華やかな緊張感に包まれていた。
外ではすでに賓客たちが続々と集まり、輝くような祝福の声が飛び交っている。
空は晴れ渡り、白い雲が穏やかに流れる。まるでこの日を祝福するかのように、優しい風が吹いていた。
ミシェリアは、純白のドレスに身を包み、大きな姿見の前に立っていた。
ドレスには銀糸の刺繍で繊細な花々が施され、まるで光を纏ったかのような美しさを放っている。
長く広がるレースのトレーンには、職人の手仕事による精巧な模様が浮かび上がり、動くたびに優雅に揺れた。
(……本当に、結婚するのね。)
鏡の中の自分を見つめながら、静かにその現実を噛みしめる。
けれど、思ったより緊張はなかった。
むしろ、心は穏やかで――。
その時、ふわりと、後ろから優しく抱きしめられた。
驚く間もなく、ふんわりとした温もりとともに、ヴィヴィアンの香りが包み込む。
「……あら、我慢できなかったの?」
ミシェリアはくすっと笑いながら、背後の彼を覗き込む。
彼もまた、白を基調とした婚礼衣装に身を包み、銀糸で刺繍された装飾が光の加減で美しく輝いていた。
普段の騎士然とした姿とは違い、今日のヴィヴィアンはまさに"公爵"そのもの。
彼の端正な顔立ちと、気品ある衣装が完璧に調和し、どこか神聖な雰囲気すら醸し出していた。
「そうだな……こんな綺麗な姿を本番で見ていたら、倒れていたかもな……。」
「ヴィヴィアンが?」
「そうだ。」
彼の低く甘い声が耳元をくすぐる。
そのまま彼の胸に頬を預けると、どくんと鼓動が伝わってくる。
「ふふ……なんの冗談よ。」
ミシェリアが笑うと、ヴィヴィアンは微かに肩をすくめる。
「冗談じゃない。本気でそう思っている。」
彼の言葉には、一切の迷いがない。
その真剣な響きに、ミシェリアは少しだけ頬を染めた。
そんな彼が、ふと懐から何かを取り出した。
「これを……。」
彼の手には、美しく輝くイヤリング。
淡い水色の宝石が縁取られ、中央には大きなダイヤが埋め込まれている。
ヴィートヒートにもらった淡いブルーサファイアの髪飾りと、驚くほどよく似合うデザインだった。
「サムシングニューは……まだだっただろう?」
ミシェリアは一瞬驚いたあと、静かに微笑んだ。
新しいもの――"サムシングニュー"。結婚の幸福を願って、新たに加えるべきもの。
「ありがとう、ヴィヴィアン。」
優しく微笑みながら、彼がそっと耳元にイヤリングをつけてくれる。
指先が触れるたびに、微かな温もりが伝わり、ミシェリアの心を甘く揺さぶる。
鏡に映る自分を見つめると、淡いブルーの宝石が輝き、まるで幸福そのものを象徴しているようだった。
これで、"サムシングフォー"はすべて揃った。
サムシングオールド(母から贈られたもの)
サムシングニュー(ヴィヴィアンからのイヤリング)
サムシングボロウ(ダーンストレイヴ公爵夫人から借りたリングピロー)
サムシングブルー(ヴィートヒートからの髪飾り)
すべてが、彼女の大切な人たちからの贈り物だった。
「さぁ、行こう。」
ヴィヴィアンが微笑みながら、ミシェリアの手を取る。
彼の瞳には、誓いの時を待ち望むような、揺るぎない愛が映っていた。
ミシェリアは彼の手を握り返し、そっと微笑んだ。
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―――――――――
結婚式当日――。
王都の中心にそびえ立つラヴェルノワ公爵邸は、今日ほど華やかに飾られたことはないだろう。
門をくぐった瞬間、目に飛び込んでくるのは、純白と淡いブルーを基調とした優美な装飾の数々。
庭園には季節の花々が咲き誇り、風に揺れるリボンが空を舞い、太陽の光を受けて煌めいていた。
王族、貴族、騎士団、各国の使節団――
あらゆる身分の者たちが、この歴史的な結婚式に集まっていた。
この場にいる誰もが、この結婚式が王都にとって特別なものであることを理解している。
「新郎、新婦の入場です!」
荘厳なオルガンの音色が響くと、会場の空気が一気に変わる。
扉が開かれ、新郎のヴィヴィアン・カルノア・ケイオス・ラヴェルノワ公爵が、祭壇の前で待っていた。
彼は純白の礼服に、銀糸の刺繍が施された豪華な上着を纏い、端正な顔立ちに穏やかな微笑みを浮かべている。
普段とは異なり、今日の彼はまさに"誓いを立てる男"の姿だった。
そして――花嫁の入場。
ミシェリアは、ふわりと広がる純白のドレスに身を包み、ゆっくりと歩みを進める。
銀糸の刺繍で描かれた繊細な花々が、光の加減で美しく輝く。
長く広がるトレーンを支えながら歩く彼女の姿は、まるで天上の女神が舞い降りたかのようだった。
ヴェールの奥でそっと息を整えながら、祭壇へ向かう。
進むたびに、周囲の視線を感じる。
王アーサンドレベン・ダーナンドレルも、満足げに目を細め、
その隣では、ミリスクレベン王太子とリーサ聖女がじっとこちらを見つめていた。
(もう……過去には戻らない。)
心の中でそう誓いながら、ミシェリアはヴィヴィアンのもとへと向かった。
彼の紫紺の瞳がまっすぐに自分を見つめ、どこまでも優しく迎え入れてくれる。
ヴィヴィアンがそっと手を差し出す。
ミシェリアがその手を取ると、彼は静かに微笑んだ。
「来てくれてありがとう、ミーシャ。」
その言葉に、胸がじんわりと温かくなる。
司祭が一歩前に出ると、会場の全員が静寂に包まれた。
聖なる誓いの時が訪れる。
「公爵ヴィヴィアン・カルノア・ケイオス・ラヴェルノワ――汝はこの者を伴侶とし、生涯愛し、敬い、守ることを誓いますか?」
ヴィヴィアンは、まっすぐにミシェリアを見つめながら、静かに、しかし確かな声で答えた。
「誓います。」
その声には、一切の迷いもなかった。
「ミシェリア・ラヴェルノワ――汝はこの者を伴侶とし、生涯愛し、敬い、支え続けることを誓いますか?」
ミシェリアは、ヴィヴィアンの瞳を見つめながら微笑んだ。
「誓います。」
二人は、それぞれの手に指輪を取る。
ヴィヴィアンが彼女の指に、精緻な銀の指輪をそっとはめた。
ミシェリアもまた、彼の指に指輪を通す。
その瞬間、指先が重なり、心がひとつになるのを感じた。
「神のご加護のもと、今ここに新たな夫婦が誕生しました。」
司祭の宣言とともに、会場が祝福の拍手に包まれる。
ヴィヴィアンが、ゆっくりとヴェールを上げる。
彼の瞳には、これまで見たことがないほどの優しさと深い愛情が宿っていた。
「ミーシャ。」
彼が囁きながら、そっと彼女の頬に手を添え、ゆっくりと唇を重ねる。
ふわりと、時間が止まるような感覚。
柔らかく、温かく、誓いを確かめ合うような口づけだった。
拍手と歓声が響く中、二人はゆっくりと顔を離し、微笑みを交わす。
その瞬間――ヴィヴィアンが、ミシェリアの手を引いて抱き寄せ、もう一度深く口づけた。
「んっ……!」
突然の行動に、ミシェリアは驚いたが、すぐに会場が再び歓声に包まれる。
(……まったく、油断ならない人ね。)
ミシェリアは頬を染めながらも、彼の腕の中でそっと微笑んだ。
◇◆◇◆◇
誓いの儀式の後、舞踏会場へと場所を移し、華やかな披露宴が始まった。
豪華な食事と音楽が響き渡り、貴族たちは新郎新婦の門出を祝福する。
王アーサンドレベン・ダーナンドレルは、ワイングラスを持ちながら、満足げに笑う。
「まったく、ラヴェルノワ公爵家はいつも見事だな。」
そして、ふと小さく呟いた。
「……しかし、毎年の馬上試合で王室騎士団を打ち負かし、今度は完璧な結婚式とはな……。」
その呟きを聞いた側近たちは、小さく苦笑する。
披露宴では、ミリスクレベン王太子とリーサ聖女も出席していたが、二人の表情は微妙だった。
彼らが視線を交わしながら、新郎新婦を見つめる――
だが、もうミシェリアは気にしない。
ヴィヴィアンと共に、誓いを交わし、新たな未来へ歩き出したのだから。




