6話目
やっと終わった~~!
長い長いダンスが、ようやく終わった。
(もう無理……! 足が棒になりそう……!!)
息を整えながら、内心で大きく安堵する。
会場中がどよめき、貴族たちがざわざわと噂しているのが耳に入ったけれど、そんなもの気にしている余裕はない。
だって、本当に疲れたんだもの!!
私はぐったりと力を抜きながら、目の前のヴィヴィエンを見上げ――、
「……え?」
彼の体が、小刻みに震えていた。
(え、なに? もしかして疲れすぎて倒れそうなの!?)
慌てて彼の顔を覗き込むと――
なんと。
ヴィヴィエンは、楽しそうに笑っていた。
それは、声こそ出ていないものの、今にも大きな声で笑い出しそうな、心の底から愉快そうな笑みだった。
(ちょ、ちょっと待って……!? どうして笑ってるの!?)
私は動揺しながら問いかける。
「ど、どうして笑ってるのですか?」
すると、ヴィヴィエンはゆっくりと私の手を取り、指でなぞるように文字を書いた。
――『かわいくて』
「……!?」
その瞬間、私は頭が真っ白になった。
「か、可愛いって……」
(どういう意味!!??)
ダンスが終わったばかりで疲れ切っていたはずなのに、今度は違う意味で体温が急上昇する。
彼はにこりと微笑みながら、私の腕にそっと手を絡ませた。
「えっ……」
ぎゅっと柔らかく包み込むように、腕を絡められた状態で歩き出すヴィヴィエン。
(ちょ、ちょっと!? これはさすがに人目が……!)
周囲からの視線を感じながら、私は抵抗する間もなく、彼に連れられるまま会場の外へと向かった。
(ど、どこへ行くのかしら……?)
ダンスも終わったし、もうそろそろお開きの時間だ。
そう思っていたのに、彼は迷いなく会場の出口へと進んでいく。
(まあ、そろそろ帰る時間よね……。)
なんとなく納得しながら会場を出ると――
突然、ふわっと体が宙に浮いた。
「え……?」
と思った瞬間――
「ええええええええええっ!?!?!?」
なんと、私はお姫様抱っこをされていた。
(え!? ちょっ、何ですか!? 何が起きたんですか!?)
目の前のヴィヴィエンは、いつものように冷静な顔で、何事もなかったかのように私を抱えたまま歩いている。
「ちょっ、降ろしてください!!」
「……」
彼は無言のまま、ただ穏やかに歩き続ける。
いや、違う。
そもそも彼は喋れないのだった。
(いやでも、そういう問題じゃないでしょ!!)
必死に暴れようとするものの、彼の腕は思った以上にしっかりしていて、全く動けない。
そして、そのまま馬車へ――。
「え、ちょっと!? これはどういう……!」
言う間もなく、私はラヴェルノワ公爵家の馬車へと放り込まれた。
ふわりと柔らかなクッションの上に落ち、慌てて起き上がる。
馬車の外では、ヴィヴィエンが執事に何かを指で伝えている。
(絶対に私を乗せて帰るように、って伝えてる……!!)
執事は深く頷き、馬車の準備を進めているようだった。
(え、これ……誘拐とかじゃないよね!?)
そう混乱している間に、ヴィヴィエンが馬車へ乗り込んできた。
そして、静かに私を見つめ、にこりと笑う。
(な、なんなのその笑み……!!)
内心で混乱しつつも、反射的に私も微笑み返してしまった。
(違う、そうじゃない!! これは抗議しないといけない場面でしょ!!)
しかし、馬車が動き始めると、じわじわと疲労が押し寄せてきた。
(はぁ……もう、なんでもいいや……)
心地よい揺れと、夜の静けさが心を緩ませる。
まぶたが自然と落ちそうになる。
コクリ、コクリ……。
馬車の揺れに合わせ、私は何度も船を漕ぐ。
(うーん、眠い……もうダメ……)
そんな時だった。
ふいに、隣に座っていたヴィヴィエンがさっと体を寄せてきた。
「……?」
朦朧とする意識の中で、何かが私の肩を支えたような感触がする。
(え……?)
ふと気づくと、私の頭がヴィヴィエンの肩にストンと乗せられていた。
「……っ!」
一瞬で目が覚めそうになる。
(え、えええ!? どういう状況!?)
彼は何事もなかったかのようにそのまま動かず、私の頭をしっかりと支えてくれていた。
いやいやいや、こんなの……!
(さすがに近すぎるでしょ……!?)
彼の肩は思ったよりも温かく、しっかりとした安定感があった。
心なしか、香るのはほんのりとしたシトラスのような清潔感のある香り。
どうにか抗議しようとするものの、体が限界を迎えていた。
眠気の波が押し寄せる。
(いや、でもこれ……!!)
そんなことを思いながら、私はとうとう抗えず――
そのまま、ゆっくりと眠りに落ちていった。
――――――――――
――――――――
目が覚めると――
ふわりと揺れるカーテン越しに、柔らかな朝の光が差し込んでいた。
天井には見慣れた豪奢な装飾が施され、ふかふかの枕に沈む心地よい感触がある。
「……え?」
ぼんやりと瞬きを繰り返す。
見慣れた天蓋付きベッド。
ローベルク伯爵家の自室だった。
「……夢?」
あの舞踏会、ヴィヴィエンとのダンス、馬車の中での出来事……。
すべて、夢だったの?
(いや、そんなわけ――)
少しでも頭をスッキリさせようと、体を動かそうとした瞬間――
ズキィッ!!!!
「いったーーーい!!??」
全身に走る鋭い筋肉痛。
「……え、嘘でしょ!? どこもかしこも痛いんだけど!!」
特に足がひどい。
慣れない連続ダンスのせいで、ふくらはぎも太ももも悲鳴を上げている。
上半身ですら軽い筋肉痛を感じるほどだった。
(これは……夢なんかじゃない……!!)
「お嬢様!?」
突然の叫び声に、扉が勢いよく開いた。
慌てた様子で駆け込んできたのは、専属侍女のキャリーだった。
「お目覚めですか?」
彼女は不安そうに私を覗き込む。
「キャ……キャリー……?」
まだ頭がはっきりしない。
昨晩の出来事がぼんやりと蘇るが、どうして私はちゃんと自室のベッドで眠っているの?
「私……どうしたの? どうやって帰ってきたの?」
キャリーは少し気まずそうな顔をしながら、静かに答えた。
「昨晩……ラヴェルノワ公爵家の馬車がローベルク伯爵家の門をくぐり、公爵様がお嬢様をお姫様抱っこして部屋まで運ばれました。」
「………………」
(お姫様抱っこ……!?)
まさか、夢じゃなかった。
本当にヴィヴィエンは、私を伯爵家の門から自室のベッドまで運んだということ!?
「そ、そんなこと……っ!?」
私が動揺しているのをよそに、キャリーはさらに衝撃的な情報を追加した。
「それも、ご家族が揃っている前で堂々と……」
「……」
「皆様、相当驚かれていました。」
(ですよねーーーー!!!!!!)
思わず布団を頭まで被る。
(いや、ちょっと待って!? 私の家族が見てる前で、そんな堂々とお姫様抱っこ!?)
「お嬢様、もしかして覚えていらっしゃらないのですか?」
「う、うん……馬車の中までは覚えてるんだけど……」
そう、最後の記憶は、馬車の中でヴィヴィエンの肩にもたれかかりながら、眠りに落ちたところまで。
その後、何が起きたのかはまったく記憶にない。
(でも……想像できるわ。ヴィヴィエンのことだから、何の躊躇もなく伯爵家に私を運び入れて……)
(……いやいやいや!! どうしてそんなに堂々としてるのよ!!!)
キャリーはふっと息をつくと、一枚の新聞を手に取った。
「それと、こちらを……」
手渡された新聞を広げた瞬間――
「…………あんぐり。」
私の口が、勝手に開いた。
【華麗なる舞踏会、ラヴェルノワ公爵とローベルク伯爵令嬢が五曲連続で踊る!】
【公爵の求愛!? まるで恋人のような親密なダンス】
【ラヴェルノワ公爵、舞踏会後に伯爵令嬢を抱えて送還】
(ちょっ……ちょっと待って!?!?)
(なんでこんな大見出しになってるの!?!?!?)
「な、なにこれ……!?」
「今朝の新聞です。お嬢様のことが、大きく報道されてしまいました。」
(いや、まさかここまでとは……!)
頭が痛い。
本当に痛い。
私は新聞を握りしめながら、額を押さえた。
「お嬢様……?」
キャリーは新聞をちらりと見て、少し興味深そうに首を傾げた。
「……それにしても、お嬢様、いつの間にラヴェルノワ公爵様とこんな熱い関係に?」
「私が一番聞きたいわ!!!!」
どうしてこんなことになったのか、理解が追いつかない。
新聞の大見出しを睨みつけながら、私はひとつ深いため息をついた。
(……この先、大丈夫かしら……?)
なんだか、とてつもなく波乱の予感がするのだった。