59話目
「シェリーお姉様!」
久しぶりに実家へ帰ってきたミシェリアは、嬉しさのあまり駆け寄ると、シェリルアに勢いよく抱きついた。
「やっと帰ってきたわね。」
ふんわりと香る懐かしい香り。姉の温かい腕に包まれると、自然と笑顔になる。
しかし、次にシェリルアが発した言葉で、ミシェリアの動きがピタリと止まった。
「……1週間だけって言ってたのに、もう1年近く帰ってきてないじゃない。」
「……え?」
シェリルアは腕を組み、じとっとした視線を向ける。
「しかも、公爵家にすっかり馴染んじゃってるし、公に結婚式を控えた公爵夫人のくせに、当たり前みたいに過ごしてるわよね?」
「えぇっと……。」
ミシェリアはバツが悪そうに視線を逸らす。たしかに最初は「ちょっとの間だけ」って言ってたのに、気づけばもう1年近く。思い返せば、公爵家での生活は快適すぎた。お菓子は美味しいし、好きなものに囲まれているし、何よりヴィヴィアンと一緒にいるのが居心地よくて――。
「ご、ごめんなさい……。でも、お菓子と好きなものに囲まれすぎて、つい……。」
「つい、じゃないわよ。」
シェリルアは呆れたようにため息をつく。
ミシェリアは気まずそうに笑ったが、シェリルアはふと何かを思い出したように指を立てた。
「そういえば、今日泊まる予定なら、部屋はないわよ。」
「え!?どういうこと?」
ミシェリアが思わず聞き返すと、シェリルアは困ったように肩をすくめ、ちらりと廊下の奥を指さした。
「実はね……。」
彼女に案内されるまま進んでいき、扉を開けると――
「……なに、これ。」
ミシェリアは目を丸くした。
部屋の中が、色とりどりの箱や袋で埋め尽くされている。大きなものから小さなものまで、隙間なく並び、リボンが丁寧に結ばれたものばかり。まるでプレゼントの宝庫だ。
「……お姉様、引っ越しでもしたの?」
「違うわよ。」
シェリルアはため息交じりに言いながら、部屋の一角に積まれた手紙の束を手に取った。
「全部ヴィーネストからよ。」
「えっ……ヴィーネストが?」
ミシェリアは驚き、思わず後ろにいたヴィヴィアンを振り返った。
(また何か策略でも?)と疑うような視線を向けるが、彼は無言のまま首を横に振る。
(……本当にヴィーネスト?)
改めて部屋を見渡す。綺麗に整えられたプレゼントの数々。リボンの結び目もきっちりしていて、一つ一つが大切に選ばれたものだと伝わってくる。
「手紙も週に一度は届くのよ。」
そう言いながら、シェリルアはほんの少しだけ微笑んだ。その表情はどこか恥ずかしそうで、でもまんざらでもなさそうで――。
(あのヴィーネストが……!)
あの二面性をもつ末っ子が、こんなにもマメに贈り物をしているなんて。
しかも、姉の表情から察するに、決して嫌がっているわけではないらしい。
「よかったわ。」
ミシェリアはニコッと微笑むと、シェリルアが怪訝そうに眉をひそめた。
「何が?」
「もうすぐ結婚式だから、席をどうしようかと思っていたの。」
「席……?」
シェリルアが首を傾げると、ミシェリアは悪戯っぽく笑う。
「せっかくだし、ヴィーネストと一緒の席にしましょうか。」
「……!!」
一瞬、シェリルアの頬が赤く染まる。
「や、やめなさいよ!別に、特別な関係じゃないわ!」
「でも、婚約者でしょう?」
ミシェリアはニヤリと笑う。
「それに、こんなに手紙をもらって、プレゼントまで積み上げられてるのに、違う席だなんて不自然よね?」
「……。」
シェリルアは言葉に詰まると、少し唇を噛みしめた。そして、小さくため息をつく。
「……まぁ、そうね。」
(ふふっ、お姉様もまんざらじゃないみたい。)
ミシェリアは満足げに頷く。
――ヴィーネスト、頑張ってるみたいね。
◇◆◇◆◇
ローベルク伯爵家の広々としたダイニングルームには、香ばしく焼けた肉の匂いと、新鮮なハーブの爽やかな香りが満ちていた。
窓から差し込む柔らかな陽光が、白いテーブルクロスを優しく照らし、テーブルに並ぶ豪華な料理の数々をより一層美しく引き立てている。
「久しぶりに家族で食卓を囲めるわね。」
母が微笑みながら、テーブルの料理を見渡す。
「料理長が腕によりをかけたと張り切っていましたからね。」
姉のシェリルアも満足そうに言いながら、色鮮やかな料理に目を細めた。
ローベルク家の料理は、素材の味を生かした繊細な味付けが特徴だ。
ローストした極上の鹿肉には甘酸っぱい特製のベリーソースがたっぷりかかり、外はパリッと焼き上げたパンには香り豊かなハーブバターが添えられている。
さらに、瑞々しい季節の野菜が美しく盛り付けられたサラダや、ホワイトソースたっぷりのパイ包み焼きも並び、どれも食欲をそそるものばかりだった。
(やっぱり実家の食事も良いわね……!)
久しぶりに家族と一緒に囲む食卓に、ミシェリアは思わず幸せな気持ちに浸る。
しかし、その穏やかな空気は、次の瞬間、父シェトランドの大きな声によって破られた。
「おお、ヴィヴィアン殿!さあ、遠慮せずにこれを飲みなさい!」
父はご機嫌な様子で、銀のカラフェをヴィヴィアンの前にどんっと置いた。
その中には、ローベルク家秘伝の"とんでもなく強い酒"がなみなみと注がれている。
(お、お父様!? いきなり!?)
ミシェリアは驚きながら、思わずヴィヴィアンの顔を覗き込む。
「……昼間からですか?」
ヴィヴィアンは涼しい顔で尋ねたが、父シェトランドは豪快に笑いながら、勝手に彼のグラスを満たしていく。
「当たり前だ! 婿殿たるもの、このローベルクの酒を飲み干さねばならん!」
「……では、いただきます。」
ヴィヴィアンは微かに眉を上げたものの、文句ひとつ言わず、グラスを静かに傾けた。
(さすがに、このお酒はキツいんじゃ……?)
ミシェリアは心配そうに見守るが――。
「……ほう。」
父が目を丸くする。
ヴィヴィアンは顔色ひとつ変えずに、グラスをゆっくりと空にし、まるで水でも飲んだかのように涼しい顔でグラスを置いた。
「おおっ、やるな!!」
シェトランドは感激したようにバンバンとテーブルを叩く。
すると、それを見ていた母や姉、そしてミシェリアは「ええ……」と複雑な表情を浮かべた。
(ヴィヴィ……本当に大丈夫なの!?)
心配になって小声で尋ねる。
「問題ない。少し温まったくらいだ。」
さらりと答える彼を見て、ミシェリアは呆れつつも、さすが公爵として鍛えられた男だと改めて感心した。
本来なら、この量を飲まされたらまともに座っていられないはず。
けれどヴィヴィアンは、何事もなかったかのように酒を飲み続けていた。
「ヴィヴィアン様、さすがですね。騎士として鍛えられた体は、お酒にも強いんでしょう?」
母がくすくすと笑いながら言うと、ヴィヴィアンは肩をすくめる。
「鍛錬の一環で、多少は……。」
「ふふっ、まぁ飲めるならいいじゃない。」
母と姉の優雅なやり取りを聞きながら、ミシェリアはふと、久しぶりに家族と過ごせる幸せを噛みしめた。
◇◆◇◆◇
食事も後半になり、会話は結婚式の準備の話題へと移る。
「ミシェリア、あなたは相変わらず元気そうね。」
「ええ、お姉様もお変わりなく。」
「まぁ、色々とあるけれどね。」
姉は意味ありげに微笑む。
その表情を見て、すぐに察したミシェリアは、視線を部屋の隅に積まれたプレゼントの山へと向けた。
「ふふっ、ヴィーネストったら、本当にお姉様のことが好きなのね。」
「からかわないで。」
シェリルアは軽く頬を染めながら、ジュースを一口飲む。
「そんなことより、ミーシャ、最近の結婚準備はどう?」
「ようやくドレスが完成しそうなの。ヴィヴィアンったら、花の刺繍をもっと増やせってデザイナーにお願いしてたわ。」
「まぁ、それは素敵ね。」
母も嬉しそうに頷く。
「それにしても、ヴィヴィアン様は随分とミシェリアを溺愛しているようね?」
姉がくすりと笑うと、ミシェリアは頬を染めながらフォークをいじる。
「ええ……まぁ。少し、ね。」
「少し……?」
姉の鋭いツッコミに、ミシェリアは言葉を濁す。
その間にも、ヴィヴィアンの元では、また一杯、また一杯と酒が注がれていた。
「ヴィヴィアン、大丈夫?」
心配そうに尋ねると、ヴィヴィアンはワインを飲み干しながら微笑んだ。
「あぁ。問題ない。」
彼の紫紺の瞳はまったく濁らず、むしろ余裕すら漂わせている。
(本当に大丈夫かしら……?)
何気なくつけた姉妹の名前がややこしすぎて、どこかは間違えてしまっている気がする…。m(__)m




