56話目
ヴィヴィアンが堂々と馬から降り、甲冑の響きを響かせながら、ゆっくりとアーサンドレベン・ダーナンドレル王の前へと歩み出た。
太陽の光が甲冑に反射して、彼の姿はまるで伝説の騎士のように輝いて見える。
王は重厚な金の薔薇を手に取りながら、苦笑いを浮かべて小さく呟いた。
「まったく……毎年毎年、王室騎士団を打ち負かしおって、ラヴェルノワ公爵家は……。」
王の小言には呆れ半分、称賛半分といった様子で、そこには威厳ある微笑が浮かんでいた。観客席からはその様子を見て、小さな笑い声が漏れる。
ヴィヴィアンは深々と一礼すると、落ち着いた動作で王から黄金の薔薇を受け取った。
そしてゆっくりと振り返り、後方に控えているミシェリアの前へと歩み寄る。
彼の歩みに合わせて、会場中の視線が二人に集中した。
「ミーシャ。」
ヴィヴィアンの低く甘い声に、ミシェリアの心臓は思わず跳ね上がる。
彼は片膝をつき、ミシェリアの目の前で改めて黄金の薔薇を差し出した。その動きはあまりにも優雅で、まるで舞台劇を見ているかのようだった。
「この薔薇を、貴女に。」
ミシェリアは緊張と嬉しさで指先を震わせながら、その黄金の薔薇を受け取った。
その瞬間――
「素敵!」
「ロマンチックですわ!」
「まるで小説みたい!」
貴族席からも平民席からも大きな歓声が上がり、会場全体が興奮に包まれた。女性たちが目を輝かせて二人のロマンスを讃え、男性たちですら感嘆の拍手を送っていた。
王はそんな賑やかな光景を満足げに眺めながら、やがて玉座から立ち上がり、ゆったりと両手を広げた。
「今年の馬上試合も素晴らしい熱戦となった。皆の勇気と情熱を讃えよう。来年の再会を楽しみにしているぞ!」
王の挨拶に、会場はさらに大きな拍手に包まれる。
その中で、ミシェリアは改めて黄金の薔薇を見つめた。
(こんなにも嬉しいものだったなんて……。)
胸が温かくなり、薔薇を握る指に自然と力が入る。
ヴィヴィアンは静かに立ち上がり、彼女にそっと微笑みかける。
その微笑みに、ミシェリアの心は再び甘く揺れ動いたのだった。
◇◆◇◆◇
ヴィヴィアンが優勝を飾った後、ミシェリアはしばらく貴族の女性たちに取り囲まれていた。
「ねぇ、公爵夫人!公爵閣下との新婚生活はいかが?」
「やっぱり毎晩情熱的なんでしょう?それとも優しく甘い感じかしら?」
女性たちは興味津々で瞳を輝かせ、遠慮なく質問を投げかけてくる。ミシェリアはそんな質問攻めに内心動揺しながらも、笑顔でごまかすしかなかった。
(わ、私たち、まだそういうのじゃないのに……!)
頬が熱を帯び、心臓が激しく高鳴る。顔が赤くなるのを感じながら、必死に平静を装っていたその時だった。
「申し訳ないが、そろそろ妻を返してもらってもいいだろうか?」
低く甘い声とともに、すらりとした長身が女性たちの間に割り込んできた。ヴィヴィアンだった。
女性たちは彼の登場に目を丸くして興奮気味に頬を染める。
「あら、公爵閣下!」
「もちろんですわ!どうぞどうぞ!」
遠慮なく歓声を上げて道を開ける女性たちに、ミシェリアは慌てた。
「ちょっと、ヴィヴィ……!」
しかし、その抗議も虚しく、ヴィヴィアンは躊躇なくミシェリアの体を軽々と抱き上げた。彼女の体はふわりと宙に浮き、思わず彼の首にしがみついてしまう。
「きゃっ!?」
驚きで声が漏れる。女性たちの歓声がさらに大きくなった。
「きゃあああ、公爵閣下、素敵!」
「なんてロマンチックですの!」
ミシェリアは恥ずかしさで頬が火を噴きそうだった。けれどヴィヴィアンはそんな彼女を楽しそうに見下ろしながら、穏やかで紳士的な口調で告げる。
「申し訳ない、淑女の皆様。私は一刻も早く妻を屋敷へ連れ帰り、二人きりの甘美な時間を過ごしたいと願っているので。」
彼の言葉は上品だったが、明らかに甘く誘うような響きを含んでいた。その言葉に貴族女性たちの興奮は最高潮に達する。
「きゃーーー!!公爵閣下、情熱的すぎますわ!」
「素敵すぎてもう倒れそう!」
ヴィヴィアンは満足げに微笑み、さらにぎゅっとミシェリアを抱き寄せた。ミシェリアは必死に小声で彼に抗議する。
「もうっ、ヴィヴィアン!恥ずかしいじゃないの!」
「ははっ、ミーシャが可愛すぎるから悪いんだ。」
そう囁かれて、彼女の心臓はさらに強く打つ。けれど、実際はまだ最後までは進んでいない二人だった。
(みんな完全に誤解してるわ……!)
けれどミシェリアは、彼の温もりと胸の鼓動を感じながら、文句も言えずただ黙ってヴィヴィアンの胸元に顔をうずめるしかなかった。
◇◆◇◆◇
その夜、寝室の窓辺には、たくさんの薔薇が煌めいていた。
試合に勝ち抜くたびにヴィヴィアンが贈ってくれた繊細なガラスの薔薇たち。そして、その中央で特別な存在感を放つのは、純金で作られた豪華な薔薇だ。部屋の灯りを受けて、きらきらと眩しいほどに輝いている。
ミシェリアはそれらをニマニマと眺めながら、幸せな気分に浸っていた。
(ふふ……ヴィヴィが私に贈ってくれたもの……。素敵…。)
まるで少女のように頬を赤く染め、嬉しそうに笑っていると――
「ミーシャ、いい加減にベッドに入れ。」
背後から、少し呆れたような、それでいて甘く切ない声が聞こえてきた。
振り返ると、ヴィヴィアンはベッドの上に座りながら彼女を見つめている。その目は明らかに「早くこっちに来い」と誘うように揺れていた。抱きしめたくて仕方がない、とでも言うように。
ミシェリアはクスクス笑いながら、
「もう少し眺めていたかったのに……。」
そう言いつつ、素直にベッドへ向かった。すると、待ち構えていたヴィヴィアンが当然のように彼女の体を引き寄せ、優しく腕の中へと抱きしめる。彼の体温に包まれた瞬間、ミシェリアの胸は甘く締めつけられた。
ヴィヴィアンが満足そうに微笑み、彼女の髪をそっと撫でながら口を開く。
「これでやっと二人きりだな……。」
その声が甘く囁くように耳元をくすぐり、ミシェリアの胸はドキリと跳ねた。
「そうね、最近は色々あって忙しかったから。」
穏やかな沈黙が流れた後、ヴィヴィアンがふと何かを思い出したように呟く。
「……そういえば、そろそろ結婚式の準備に取り掛からなければな。」
ミシェリアは驚いて目を見開いた。
「え!? もう?」
「何を言っているんだ、公爵家の結婚式は準備に相当な時間が……。」
ヴィヴィアンはそこで突然言葉を止め、まるで雷に打たれたかのように目を大きく見開いた。
「はっ……!」
「ど、どうしたの?」
ミシェリアは不思議そうに彼の顔を覗き込む。すると、ヴィヴィアンは明らかに動揺した顔で、声を絞り出すように言った。
「俺としたことが……ミーシャの誕生日を完全に忘れていた……。」
「あら、誕生日?」
ミシェリアは目を丸くする。そういえば、確かにもうすぐ自分の誕生日だった。回帰前の彼女にとって、誕生日は王宮での盛大な祝いに疲れてしまい、いつも誤魔化していた記憶がある。
ヴィヴィアンは申し訳なさそうに、彼女の頬を撫でながら謝った。
「すまない、俺は……君の誕生日が冬だとばかり思っていたんだ。」
その言葉に、ミシェリアは一瞬動きを止める。確かに、回帰前のミシェリアはわざと誕生日を冬だと偽っていた。それは――ミリスクレベンが「二人きりの時間が欲しいから」と願ったために、わざわざついた嘘だったのだ。
(あぁ、そういえばそうだった……。)
今となっては苦笑しか出てこない事実だが、それを今ここでヴィヴィアンに言うわけにはいかない。
「あぁ、それは……回帰前、ちょっとゆっくり過ごしたくて、小さな嘘をついていただけなのよ。」
ミシェリアが申し訳なさそうに微笑むと、ヴィヴィアンは少し切なげな表情を浮かべた。
「だが、俺は……今は君の誕生日を知っていたのに……。」
まるで子供のようにショボンと肩を落とす彼を見て、ミシェリアはくすっと笑った。
(まったく、この人ったら。こんなことで落ち込むなんて……)
彼女は優しく手を伸ばし、そっと彼の頬を撫でる。
「しょぼくれてていいの? もうすぐ日が変わっちゃうわよ?」
ミシェリアの言葉にヴィヴィアンは一瞬ハッと顔を上げる。そしてすぐに真剣な顔に戻ると、彼女をぎゅっと力強く抱きしめた。
「ヴィヴィ……?」
次の瞬間、彼の温かい唇がミシェリアの唇に重なった。甘くて、柔らかくて――心の底まで溶けてしまいそうな口づけだった。
やがて、唇を離すとヴィヴィアンは微笑みながら囁く。
「誕生日おめでとう、ミーシャ。」
その甘く低い声に、ミシェリアは胸が熱くなるのを感じた。頬がほんのり赤く染まるのを自覚しながら、小さな声で囁き返した。
「ありがとう、ヴィヴィ。」
二人の笑顔が、寝室の穏やかな灯りの下で優しく重なった。




